17.成長
それは全くの誤解です。いや、多分、きっとそう!
特にナニをするつもりがあったわけではなく、というかナニをする気なんて全くなく、落花狼藉なんてまったく想像の範囲外のまま、受付のオッサンに誘導されるがまま、全く意識せずに同じ部屋をとっていただけなのだ。
もしかしたらオッサンに言われるがままになっていたのは、深層心理か何かが求めていたってことなのかも知れないけど。もっと言えば、表層心理だって求めているし、無意識のうちに気づかないふりをしていただけかも知れないけど。
必至に説明して何とか誤解は解けたものの、少し上向きかけていたホムラとマヤの俺に対する好感度が、完全にゼロに戻ってしまったようだ。
《そもそも主様には、女の子が好きになれる要素が、これっぽっちもありませんからね~。》
〈ええ、その通りね。二人に自分から『好きスキ、抱いて~』って言って欲しいだなんて、主様の考えはかなり気持ち悪いから、好きになる女の子なんてほぼいないわ。〉
《相手の心を何も考えてませんよね~。『好きになれ』って命令してあげるのが本当の優しさですよ~。》
〈まあ、夢を見るのは自由よ。〉
《でもその夢では誰も幸せになれません~。》
酷い言われようだ。まあ、自覚はある。
(別にいいだろ? 美少女には夢を見たいお年頃なんだよ!)
〈しっかり現実を見つめないと、後々辛くなるわよ?〉
《女の子に夢を見すぎですよ~。傍から見てると楽しいから良いですけど~。》
感情面ではともかく、理屈の上では精霊たちの言うことはしっかり理解できていた。
実際問題として、本物の女神様だって所詮あんなんだったし、ただのポンコツだったわけだから、現実の女の子が神聖で清純じゃないっていうのは、まったくその通りだと思うんだ。
「痛っ!」
なぜか突然、腰のあたりに針で刺されたような痛みを感じた。
「痛っ、痛っ!」
なんだ、これ。服の中に蜂でも紛れ込んだか?
そう思って手探りしてみても、特に何もそれらしいものが見つからない。
よくよく考えて、次元収納からタワシを出してみると、ワシャワシャになっている茶色い毛が数本、驚くぐらい長く伸びていた。
「もしかしてポンコツ女神様謹製のタワシに刺された? 痛いっ!」
明らかにタワシが俺を狙っている!
「あ、違いますよ、女神様! 貶してませんって、親しみやすいっていう意味です! ほんとですって! 痛っ! 痛っ!」
好き放題に俺を刺しまくった後、長く伸びていたタワシの毛は短くなり、他の毛と変わらない長さに戻った。それと同時に、手のひらサイズだったタワシが一回り大きくなっていた。
ちょっと待って! タワシって成長するの?
その後、俺がタワシに刺される姿を白眼を剥いて眺めていたホムラ達に、一体何が起こったのか状況を説明するのには、さらに長時間を要することになってしまった。
そりゃ確かに、動くタワシなんてかなりヤバいものだけど、俺だってこのタワシが生きてるなんて知らなかったんだし、仕方ないじゃないか。
休憩していたはずなのに、なぜか疲れ果ててぐったりしていると、受付をしていたイカついオッサンの声が階下から聞こえてきた。そろそろ夕食の時間らしい。
俺たちはちゃんと背負い袋を持って部屋を出た。宿の部屋には一応鍵がかかるようになっているが、こんな場所だと誰に何をされるかわかったもんじゃない。なんでも入る魔法の袋があるんだから、荷物はずっと身に着けておいた方が確かだろう。
一階の食堂に降りると、既に席はかなり埋まっている。協会で紹介される宿だけあって、鎧を身に着けた探索者風の若者の姿ばかりだ。探索者だからといって男ばかりということもなく、女の姿もそこそこ混じっているようだ。
どうやらカウンターで料理を受け取ってから座るスタイルのようで、俺たちも前の人に従って後ろに並び、料理の皿を手に持って空いている席についた。探索者の若者と言えば、騒がしかったり、喧嘩っ早かったりするものと思っていたが、みんな静かに席について、行儀良く食事を摂っている。
宿の夕食は、オッサンが用意してくれている。あんな見た目なので豪快な男料理を想像していたんだけど、出てきたものは、思っていたのとはかなり違うものだった。
「ちょっとこれ、びっくりするぐらい旨いんだけど!」
「なんだろう、ソースが違うのかしら? でも、それだけじゃないわね。」
「美味しい! 史上最高。」
そう、オッサンの料理は、俺たち三人全員がびっくりするぐらいの美味しさだったのだ。
「屋台の串焼きのタレもすごいと思ったけど、これはそれ以上よね。主様もそう思わない?」
「いや、ごめん。俺、その串焼き食べてないんだ……。」
「なによ、ちゃんと食べないと駄目じゃないの!」
「食事は早い者勝ち。戦争だよ?」
彼女たちの中では、食べなかった俺が悪いってことになっているようだ。酷い話だなぁ。
三人とも食事が終わったので、前の人に習って食器をカウンターに返し、「ごちそうさま」と一言声をかけてから立ち去るとすると、カウンターの中からオッサンに呼び止められた。
「おい、ちゃんと皿を洗っていけ。」
そんなことを言われたのは俺たちだけだ。一体なにが悪かったんだろうか。
俺たちの前の人たちもそうだったし、後から来る人達も、自分の皿を洗うなんてことはなく、みんな汚れた皿をカウンターに置くだけで、そのままにして食堂を出ていく。オッサンはそんな人たちを呼び止めようとする様子はまったくない。
これは間違いなくとイチャモンだと思ったが、揉め事になるのも面倒だと思い、シルビアに頼んで俺たちが使った食器に浄化の魔法を掛けて貰った。これでピカピカだし、文句はないだろう。
そう思ってカウンターを後にしようと思ったが、オッサンのイチャモンにはまだ続きがあった。
「他の皿もちゃんと洗っていけ。」
はあ? このオッサン、舐めてんのか?
「自分で洗えよ、デブ野郎。」
「ああ? なんだと、このガキ。この俺が決めたことに文句があるとでも言うのか? ああ?」
「無いわけがないだろうが、頭の中まで脂肪詰まってんのか?」
自分たちの使った皿を洗えというのは、たとえ嫌がらせだとしても理解できる。だけどなんで見ず知らずの赤の他人の分まで綺麗にしてやらなきゃならんのか。
「美少女奴隷二人も従えたイキりのお坊ちゃんに、親切にも仕事ってものを教えてやろうと言ってるんだ。ごちゃごちゃ言ってないで働け、クソガキが。」
「ふざけんな、ウスノロ! こっちは裸一貫どころか、パンツ一枚ないところから、盗賊狩りで稼ぎまくって、やっとここまで来たっていうんだ。サボろうとしないで自分で働けよ、ちょっとは痩せるぞ?」
〈ああもう、モテない者同士で喧嘩しちゃって。〉
《モテないくせに主様が、美少女を二人も連れているからですよ~。嫉妬されちゃったんですね~。》
〈主様にはモテない男の気持ちがわかるんだから、優しくしてあげて欲しいわ。〉
「なんだよそれ。それなら奴隷商人の所にいけばすむ話じゃないか。嫌がらせなんてやめて、しっかり働いてお金を貯めたら、可愛い女の子だって手に入るだろうに。」
「なんだと、このクソガキ!」
あ、しまった。
ちょっと冷静じゃなかったこともあって、つい間違って口に出してしまっていた。これはまずいかも?
俺の言葉に宿屋のオッサンは顔を真っ赤にして、その太い腕を振り上げて、目の前のカウンターに叩きつけた。
ドガーーーンッ!
とんでもない轟音が周囲に響くとともに、太い木製のカウンターが木っ端みじんになって吹き飛んだ。
このデブ、頭大丈夫かな。自分で自分の宿を壊し始めたよ……。
「やばい、ついに筋肉ダルマが暴れ出したぞ!」
「巻き込まれるな、逃げろ!」
不安そうに俺たちの様子を見守っていた他の客たちが、暴れ狂い始めたオッサンの姿に、一斉に食堂から逃げ出そうとして出口に殺到した。
「おい、押すな、通してくれ。」
「駄目だ、殺される、助けて!」
押し合いへしあいしているが、出口は一つだけだ。全員で同時に出ようとしても、詰まってしまって簡単には逃げられない。
なんなんだよ、この宿。勘弁してよ、もう。




