14.盗賊ホイホイ
大声で「剣を引け」と叫びながら、遠くから走って近づいてきたのは、鎧に身を固めた男女混合で四人ほどの集団だった。
もしかしたら彼らは、俺たちの争いを仲裁しようとしていたのかも知れない。いやそうではなく、オッサンどもを助けようとしていたのかも知れない。しかしどちらにしても、それはあと一歩だけ遅かったのだ。
彼らの声が聞こえ始めた時にはすでに、オッサンたち六人の首が一気に宙に舞い、彼らの血がまるで噴水のように吹き出して、ドバドバと辺り一面にまき散らされていた。
そして彼らの叫び声が終わる頃には、オッサンからの剥ぎ取りも完全に終わっていたし、野原の一画にはもう大穴が掘られていて、その中には頭のない死体が六体、無造作に放り込まれていた。
そう、あとは頭を投げ込んで、上から土をかける事、そして飛び散った血の始末ぐらいしか、やる事は残っていなかったのだった。
「あっちゃ~、間に合わなかったか。」
「かなりの早業だったわね。もう綺麗さっぱり、跡形も残っていないわよ。」
彼らが俺たちの所までたどり着いたときには、当然ながら。もう彼らは完全に土の中で、地面には血の跡も何も残っていなかった。剥ぎ取った物も全部、魔法の袋に収納済みだ。
間に合わなかったとわかると、彼らは走るのをやめて、ゆっくりと歩きながらこちらに近づいてくる。何をしに来たのかは知らないが、あまり関わり合いになりたくないかな。なんだか面倒ごとになりそうな気がするんだよね。
「主様、盗賊の処理も終わりましたし、早く移動しましょう。」
「うん、早くここから離れたい。」
ホムラとマヤも早く移動したい様子だし、俺たちは黙ってここを離れて、町の方向に向かって歩き出そうとした。
「おいおい、ちょっと待ってくれるかな?」
「一言ぐらい挨拶していけや、ガキども。」
ああ、やっぱり絡まれるのか、面倒臭いったらない。こういうのは無視だ、無視。無視するに限る。
「町までは、あと何日ぐらいかかるかな?」
「ごめんなさい、わかんない。」
「そうね、前の時は馬車だったから違うかも知れないけれど、あとニ、三日ってところだと思うわ。」
彼らにはまったく気が付かないふりをして、俺たち三人だけで会話をしながら立ち去ろうとしていると、案の定、彼らからもう一度、声が掛けられた。
「いいから、ちょっと待てって。」
「お前ら舐めてんのか? 礼の一つも言えないのか、クソガキども!」
「ミチオ、あんたはちょっと黙ってて。」
「何だよ、コズエ。こういう舐めたガキはシメとかなきゃ駄目だろうが。」
ああ、俺たちに因縁をつけるつもりだ。やっぱりこいつら盗賊の仲間だよ。早くここから立ち去りたくて、俺たちは自然と早足になる。
「待てよ、待て、待てって! なんで走って逃げようとするんだよ! いいから止まれよ!」
なんだか走って追いかけて来るので、こちらも走って逃げたら、さらに全力疾走で追いかけられた。なんなんだよ、こいつら。
「はぁ、はぁ……、何で逃げるんだよ……。」
「そりゃ……追いかけて来るから?」
どうにもしつこい奴らなので、俺たちは一度立ち止まることになってしまった。
「こいつらきっと、さっきの盗賊の仲間よ。」
「そうだね、凶悪な顔をしているし、何か難癖をつけようとしていたし、きっと盗賊だね。」
「……恐い、逃げたい。」
「大丈夫、盗賊はパッパと殺処分しちゃうから。」
殺処分するのは、俺じゃなくて、グロリアとシルビアだけどね。
「ちょっと待てって。俺たちは盗賊でもなけりゃ、敵でもねえよ!」
「いや、盗賊の仲間でしょ? じゃなかったらなんで、ガキどもをシメる!とか言いながら剣抜いて追いかけてくるの?」
「誰が盗賊だ、このボケどもが! まとめてぶちのめすぞ!」
「馬鹿、やめときなよ。」
そいつは抜いた剣を振りかぶろうとしたところで、横にいた女に止められた。
おしい! もうちょいで美味しくいただけたのに。
「ああもう、ミチオのアホが……、ああもう、わかったって、すまん、悪かった!」
そう言いながらさらに近づいてこようとしたので、俺はその動きを牽制するために剣を抜いて構えた。こいつらは全く信用できない。
「回れ右して立ち去るなら見逃すけど、それ以上近づくなら、盗賊として処分するよ。」
「ああ、わかった、わかったって。立ち去るから。俺たちはただ、お前らが絡まれてるのが見えたから、助けようと思っただけだったんだよ……。」
「確かに。今まさに、俺たちは絡まれてるよね。で、どうするの?」
「わかってるって、悪かったって。それじゃあな。あと、頼むから、この近くではあんまり暴れないでくれよ?」
「お前らもな。もういい年なんだから、アコギなことはやめてまともに働けよ?」
ミチオと呼ばれていたガタイのいい男が、顔を真っ赤にして「くそガキどもに礼儀って物を教えてやる!」などと暴れていたが、三人の仲間たちに押さえつけられて、無理やり引っ張られていった。
四人組が立ち去った後、俺たちは精神的にかなり疲れていたので、少し休憩することにした。
「なんだったの? あれ。わざわざ追いかけてきて、何がしたかったんでしょうね。」
「怖かった。もう会いたくない。」
「ありがとう兄貴、とか言わせて、俺たちを舎弟にするつもりだったんじゃないかな?」
「ああ、確かに。そうかも知れないわね。気持ち悪いわ。」
「あの人たち嫌い。」
奴らの正体は知らないけれど、俺の目には盗賊くずれか何かにしか見えなかった。多分このあたりのチンピラをまとめているような、兄貴分か何かだったのだろう。
だから親切の押し売りをして、その感謝の気持ちを強要したくて追いかけて来た。そうやって自分たちは俺たちより格上の存在だと思わせようとしたわけだな。そう考えれば、いろいろと辻褄があうように思う。
別にそれが違ってたからって何も問題はないけどね。
盗賊ってことにして狩ってしまっても良かったんだけど、さすがにあの程度で盗賊扱いするのは問題があるだろう。警告したら逃げていったし。
その日の晩は、六組の盗賊が襲撃してきたようだ。もちろん夜明け前には全て処理済みである。
シルビアによれば、その三倍か四倍ほどの盗賊がやって来たのだけれど、盗賊同士がかちあってしまって、襲撃を諦める盗賊が多かったらしい。
ちゃんと並んで順番を守ってくれればいいのに。勿体ないよね。
(それにしても六組の四倍って、ニ十組以上ってことじゃない! そんなにも盗賊が出るなんて、何かおかしくない?)
《でも間違いなく盗賊だったんですよ~。襲ってくる気満々でした~。》
〈彼らの目には、どうも主様たちがおいしそうな獲物に見えているようね。〉
(やっぱり弱そうに見えるのかな? まあ、実際に弱いんだけどさ。)
〈美少女を二人も連れているから、余計に狙い目に見えるんでしょうね。〉
《奴隷商人の馬車で通った時は、屈強の護衛が四人もいましたから~。》
もう完全に盗賊ホイホイだな。実際に俺は弱いし、美味しそうなカモに見えるのは仕方ないだろう。
それにしても、盗賊として襲ってくるのは、食料なり金品なり、充分に持っている奴らばかりだ。魔法の袋だって持っている奴らばかりだし、貧しくて食い詰めて、盗賊をする以外にどうしようもない、そんな貧乏人はほとんどいないと言っても良い。
貧しい奴らなら許してやるとか、食べ物を分け与えてやるとか、そんなことをする気はないけれど、殺すときにちょっとは心が痛むかもしれない。
そう考えると、豊かな盗賊っていうのは、殺しても心が痛むことがない上に、報酬も素晴らしい、とっても良い獲物だと思う。
それからの道中でも、昼も夜も大量の盗賊と出会うことになった。その翌日の夜はなんと九組、そして次の夜は四組と、まさに入れ食いの状態で、昼間の盗賊も合わせれば、軽く三十組以上の盗賊を討伐したことになる。
「儲かるから良いんだけど、それにしても盗賊が多すぎるぞ。」
「馬車の時はこんなに出なかったはずなのよ。これだけ盗賊狩りで儲けていると、なんだか逆に私たちが盗賊しているような気がしてくるよね、大丈夫なのかな。」
「大丈夫。金持ちの盗賊は良い盗賊。お肉もおいしい。」
もう遠目に町の姿が見えてきている。今日の昼前にはおそらく到着できそうだ。これだけ町に近づけば、さすがにもう盗賊は出てこないだろう。




