13.またもや盗賊
盗賊が出たこの辺りは、辺境の中でもさらに辺境、その上にド田舎らしい。
あれからもう二日になるけれど、こうして街道を歩いているのに、すれ違った旅人はたった四組だけだ。例の盗賊どもも、よくこんな辺境まで出張ってきたものだと思う。たいして獲物もいなかっただろうに。
こうして街道を歩いていても道の両側には野原や森があるだけで、人家なんかは目に入らないし、畑なんかも見当たらない。時折、野生動物か何かが草を食んでいるのが見えるぐらいだ。
まあ、こうして平和に見えるのは明るいうちだけで、夜になると野獣や盗賊が闊歩するような、闇の世界になるんだけどね。ちなみに襲ってきた野獣は三匹、盗賊は七組だ。
ちなみにグロリアの調べによれば、盗賊七組の内、一組は最初に討伐した奴らの残党、三組はすれ違った奴らの一部ってことだったらしい。ほんとにもう、修羅の国もいいとこだよ。
ホムラやマヤから聞いたお金の価値から考えれば、このまま盗賊狩りを続けていれば、大金持ちになれそうだ。食料も向こうから持って来てくれるしね。うん、夢が広がって来るね!
修羅の国って本当に良い所だよね。
「主様、もう夕方だよ? お腹空いた。」
「このあたりはちょっと小高くなっているし、見通しがいいから丁度いいわね。」
「それじゃあ、今日はここまでにして食事にしようか。」
ホムラが言った通り、この辺りは丘のようになっているので、周りが良く見える。暗くなったらまず間違いなく盗賊が襲ってくるから、こういった場所の方が休むのには都合がいいのだ。
〈魔法で警戒しておいてあげるから、別にどこでも大丈夫よ?〉
《見通しが悪いところの方が、襲われやすくて良いって話もありますよ~。盗賊狩りは儲かりますから~。》
そう、実は精霊の二人は睡眠が不要なので、俺たちがスヤスヤ寝ている間、ずっと不寝番をしてくれているのだ。そして盗賊七組を狩ったのは、全部彼女たちの手柄なのである。もう大感謝だね。
俺なんか、精霊の二人に起こされたのに、そのまま気づかずに眠ったままだったぜ。
〈首を切って身ぐるみ剥いで、穴を掘って埋めるだけだから。そんな大したことじゃないわよ。〉
《でも、ちゃんと起きて欲しいですよね~。》
〈それはもう、その通りね。〉
まあ二人のおかげで魔法の袋も増えているし、貴重品や素材、食料なんかもどんどん増えている。
特に食料は肉ばかりがどんどん増えていくので、この二日間はずっとステーキ食べ放題祭が開催されているのだ。ホムラやマヤがとても嬉しそうにしているので、盗賊はもっと来てくれても良いぐらいだ。
翌朝起きてみると、やはり盗賊からの剥ぎ取り品が、積み上げられて小山になっていた。盗賊本体はもちろん埋葬処理済みだ。
《昨夜は四組でした~。》
連日、大入り続きだね。
(魔法の袋の出し入れも出来るようになればいいのに。)
〈あら、できるわよ? 次からはそうする?〉
《主様の許可というか、設定してもらえれば出来るようになるんですよ~。》
それじゃあ、次からはそう出来るようにしようかな。
ホムラとマヤもすぐに起きてきたので、まずは朝の運動がてら木刀で素振りを始めることになった。戦利品の整理や朝食はその後だ。
俺とマヤの素振りは、最初の頃に適当に決めた通り、剣術隊長のホムラの指導に従うことになっている。
俺たちはホムラと向かい合うように立って、ホムラを見ながらそれを真似して素振りする、ホムラはそんな俺たちの素振りを見て、悪いところを指摘する、今のところはそんな感じだ。
この素振り用の木刀は、壊れた馬車の材木を使って、精霊の魔法で木刀に仕立てて貰った物だ。実はかなり圧縮してあるので、普通の木刀と比べると倍以上の重さがある。
結構な重量があって、マヤなんかはちょっとフラフラしているけど、ホムラはかなり気に入っているようだ。
素振りの後は、簡単に荷物整理をしておく。贅沢な話だけれど、魔法の袋がかなり余って来たので、荷物はだいたい半分を俺が、そしてホムラとマヤが四分の一づつと、分けて持つことにした。リスク分散というか、危機管理の一環だね。
まとめておく方が便利なんだけど、それだともしも荷物を失った時の被害がとても大きくなってしまう。ちゃんと分けて持っておくことで、たとえ誰かの荷物が無くなったとしても、他の人の荷物があればなんとかなるってことだ。
魔法の袋やお金、食料だけじゃなく、予備の剣や魔法コンロみたいな道具類、衣服や靴なんかもかなり余っている状態なので、町についたらまとめて売ってしまった方が良いかもしれない。
盗賊狩りって本当に儲かって、儲かって、儲かりまくって仕方ないよね。
朝からみんなでステーキを何枚も食べた後、俺たちは元気に町に向かって再び歩き始めた。
「夜の方が、人が多いのは変。」
「全くよね。その上、日中にすれ違った人たちの半分以上が夜盗だっていうんだから、末世もいいところよ。」
そんなことを言い合うぐらい、とんでもなく寂れており、そして盗賊的には繁栄している道行だったけれど、別の街道と合流したあたりからはどんどん人通りが増えて、体感では十倍ぐらいになっていた。
それでも出会うのは一時間にニ組ちょっとぐらいしかいないわけだから、充分に寂れた辺境だと言っていい。
道の両側は相変わらずの野原だ。しかし少しは違いが出てきたようで、牛や馬、羊などがのんびり草を食む姿が増えてきていた。もしかしたら家畜だろうか、だとしたら、柵などは見当たらないので放し飼いなのだろう。
こうして自分の足で歩いてきたのでわかるけど、例の怪物の森からはまだそれほど距離は離れていないはずで、このあたりだと野獣や妖獣の襲撃はあると思う。ということは、そんな危険から家畜を守る魔法か何かがあるのかも知れない。
そんな風にのんびりした場所なのだが、すれ違う人たちも同じようにのんびりしているとは限らない。何と言っても半数以上が、夜になると盗賊に変身するような地域である。
「なんだか人相の悪い集団が来たわね。珍しい、昼間から盗賊が出たのかな?」
「やだ、怖い。主様、逃げようよ?」
「まあまあ、別に相手にしなくて良いから。」
前からやって来るのは、まるで盗賊のような風体をした、六人ぐらいのオッサン集団だった。
俺たちはオッサン集団に軽く会釈して通り過ぎようとしたが、予想どおりというかなんというか、彼らはへらへら笑いながら剣を抜いて、それで道を塞いでくる。
あ~あ、もうやだ、やっぱり絡まれたよ。何となくだけど、そうなる気はしてた。
「お~い、ガキども、ここを通りたかったら、出すもん出しな。」
「ん? おい、こいつら女じゃないか、こりゃラッキーだ。」
なんだよ、こいつら。言ってることもやってることも、完全に盗賊じゃないか。もう、やだなぁ。
「何? やっぱり盗賊だった?」
「そうみたい、やだよ……。」
ホムラとマヤは、手を伸ばして捕まえようとしてくるオッサン達から逃げるように、俺の後ろに回って身を隠そうとしている。
これはもう嫌がらせの範疇を越えている。盗賊確定だ。
「通して貰えないかな?」
「おお? 男もいるのか。男はいらんな、荷物置いたら通っていいぞ~。」
「女は置いてけよ、ぼくちゃん!」
今後の展開がどうなるか、だいたい予想は出来ていた。それでも一応聞いてみることにしたのだけれど、相手の反応はやっぱり予想通りで。
「荷物も女も置いていかない。このままどかないなら、盗賊として始末するよ?」
「おおう、威勢がいいねぇ~。」
「どくわけねえだろ? ば~か。」
うん、これも予想通り。こういう奴らは警告なんて聞かないって知ってたよ。さっき食器を洗ってくれたのはシルビアだったから、今回はグロリアの番だ。
(グロリア、出番だよ~。)
〈面倒くさいわねぇ。〉
(それが仕事じゃないか、頑張ろ?)
〈最初の盗賊は自分で始末したでしょ。主様も、ちょっとは自分で頑張りなさい。〉
なんてこった、断られてしまったぜ。
グロリアにちゃっちゃと始末してもらおうと思っていたのに、困ったことに彼女は全然やる気がなさそうだ。
あの最初の盗賊討伐の時は、突然現れた素っ裸の野蛮人に、相手が極度に警戒してくれたから何とかなったけど、俺の本当の実力は、体育でちょっと剣道をやったことがあるだけなので、てんで弱っちいのだ。
こういう時は逃げるに限るんだけどなあ。でもそうするとホムラとマヤが酷い目に遭うかも知れないから、逃げるに逃げられないんだよね。ちょっと困った。
素っ裸の時は何も考えずに突っ込んでいけたけれど、今は色々と考えてしまう。失う物があると弱くなるっていうのは、こういうことなのかも。
(ホムラとマヤの事は守って欲しいな。)
〈そうね、そのぐらいなら良いわよ。〉
(あと、せっかくの服と防具がボロボロになるだろうから、後で修理してね。)
《駄目~。私が作ったんだから、ちゃんと綺麗に使わないと駄目~。》
えええ~、そんな殺生な。
俺だけなら剣で切られたところで問題ないけど、服や鎧を守りながらとなると、切られるわけにはいかなくなる。
「ありゃ~黙り込んじゃったよ。大丈夫~? 震えておしっこもらしてないでちゅか~?」
「ぼくちゃ~ん、がんばって~。」
オッサンどもは舐めたことを言って煽ってくる。
俺に負けはないのだが、服や鎧、背負い袋のなかにしまってある魔法の袋なんかを切られてしまうと、大変なことになってしまうのだ。でもこうなってしまった以上、嫌でもやるしかない。
「ああもう、仕方ない、斬るね。」
「ああん? なんだと、このガキ?」
「笑っちゃうねぇ、切れるもんなら切ってみやがれ、このクソガキが!」
(ごめん、シルビア。これから切り合いになるけど、服は諦めて?)
《駄目~! ああもう、私が代わりに首チョンパするよ~。》
「おいお前ら、ちょっと待てっ! いいから剣を引け!」
シルビアがやる気になったのと、後ろの方から何か大声が聞こえてきたのは、ほぼ同時のことだった。いや、シルビアの方がちょっとだけ早かった。
そしてその一瞬の差が、オッサン盗賊たちの運命を決めることになってしまった。




