12.ごはんですよ
その後、なんだかんだと色々頑張って、ホムラとマヤの二人には、グロリアとシルビアは元気にしていること、この状態が正常なことを理解してもらえた。
(完全に外に出てきてくれたら、簡単に説明できたのに。)
《そんなの嫌ですよ~。主様の中ってとっても気持ちいいのに~。》
〈外に出たら死ぬわね。〉
嘘つけ。
俺の理解したところによると、外に出たからって死にはしない。だけど、冬の早朝にお布団の中でぬくぬくして、ずっとそのまま外に出たくない気持ち、それの強い版が働いているようだ。
出てこなかったのは良いとしても、口だけ表に出すとか、目だけ出すとかは、かなり見た目が悪くて不気味だからやめて欲しい。
「ところで主様、私たちはこれからどうするんでしょうか。どこか目指す場所とか、目標とかがあるんですか?」
「私も……知りたい……。」
「これからかぁ……、そうだね、まずは町に行って仕事探しかな。さっきもちょっと言ったけど、二人には色々と手伝って貰うからね。」
これは森から出た頃に考えていたことだった。盗賊退治でお金や食料はそれなりに手に入ったけど、定収入がなければ使い果たして終わりになるし、仕事探しはとっても大切だ。
「あの、私も……質問というか、お願い……というか……」
「どうしたの、マヤ?」
「……その、お腹がすいたので、何か食べたい……」
「うん? ああ、もうそんな時間かな? それじゃあ食事にしようか。頼んだぞ、料理隊長!」
「あ? 私? あ、あう……」
別に一人でやれって話じゃないからね。必要なら手伝うから、まずは頑張ってみようか。
料理するには火を焚く必要がある。てっきり馬車の残骸あたりを薪にするのかと思ったが、そんなことをする必要はなかった。
「魔法コンロかぁ、便利な物だね。」
「主様の地元には無かったの?」
「似たような物はあったけど、魔法コンロは無かったな。」
芋の皮を剥き終わり、次はニンジンっぽい赤い野菜の皮を剥きながら、俺は目の前で安定した炎をあげている魔法コンロを見て、この世界にこんな文明の利器があることに、少し驚いていた。
自動車じゃなくて馬車だし、銃じゃなくて剣だし、地球で言えば中世あたりの文化レベルだと思い込んでいたのだ。考えてみれば魔法の袋のような物だってあるし、地球より進んだ部分があってもおかしくはなかった。
魔法コンロは、自分の魔力を使って魔法の炎を出す魔法の道具だ。燃料は自分の魔力なので、薪や油などは必要ないらしい。軽くて丈夫、こうして旅先にも簡単に持って来られるので、地球のコンロよりも便利だと思う。
魔法を使うには魔力が必要だが、魔力があったからといって魔法が使えるわけではない。魔法を使うには、その魔法にあったスキルが必要になるのだ。でも魔法の道具があれば、スキルなしで誰にでも魔法が使えてしまう。
魔法コンロは、そんな魔法の道具の一種なのだ。地球のガスコンロと同じように火力調整も簡単だし、一度これを使ってしまえば、もう薪で料理なんてやってられなくなるのは理解できた。
「よし、皮むき終わり。次は、角切りにするんだっけ?」
「……うん、それでお願い。」
マヤの方はというと、先ほどの馬肉の塊から肉を切りだして、焼き目をつけ始めたところだった。そこに俺が切った野菜も入れて軽く炒め、そのまま軽く煮込めば簡単なシチューの完成だ。旅先だから、ここには無い素材も多いし、調味料の種類も少ないので、そんなにこったものは作れない。
ちなみにホムラはかなり不器用だったみたいで、芋の皮剥きの段階でリタイアしてしまった。今は少し離れたところで、魔法で馬車の残骸から作った木刀で、素振りをしている。
完成したシチューは良く出来ていた。ものすごく美味しいということは無いけれど、素材の味が生きていると言えばいいのだろうか、素朴でなんだか懐かしい感じ、そんな味がする。
「うん、良い出来。でも材料がちょっと足りなかった。」
「足りない材料は、町についたら仕入れようか。」
「うん。そうする。」
ホムラはあまり喋ることはなく、もくもくと食べている。特に嫌そうな表情はしていないので、そこそこ満足はしているのだろう。
《かなり美味しいと思っているみたいですよ~。》
〈あの様子は大満足って感じね。〉
(そんなことがわかるの?)
《私たちは精霊ですから~。》
精霊ってだけで説明がつくとは……、便利だな!
ちなみにグロリアとシルビアの二人は食事には参加していない。精霊は食事を摂らなくても生きていけるのだ。強いて言えば彼女たちの食事は俺の精力ってことになるだろう。
グロリアとシルビアが宿ってから、俺の精力は空になっては全回復するのを繰り返し続けている。ある程度は慣れてきたとはいえ、ずっと体は重たいまま。つまりもうずっと食べられ続けてるってことだ。
休みなしに食べ続けるなんて、こいつら、どんだけ食いしん坊なんだよ。
でもこれを繰り返していれば精力が育つ、つまり生命力や魔力がどんどん育つのだから、我慢する甲斐があるというものだ。
(もうそろそろ、魔力二倍くらいにはなったかな?)
《まだ始めたばかりですよ~? 育つにはもっと時間がかかります~。》
〈普通の生き物だと、精力の全回復には一日ぐらいかかるわ。それで一年ぐらい繰り返して、育つのは1%ぐらい。多くても2%には届かないわね。〉
《二倍になるのは、七十年後ぐらいですよ~。》
(それって、もう死にかけてるじゃないの!)
どうやら育つという話は、ただの気休めみたいなものだったらしい。
まあ、別にいいか。今の所、だるくて死にそうってわけでもないし、そのうちに、なるようになるだろう。
ちなみに、普通だと全回復するのは毎日一回、よって一年で三百六十五回だ。女神様のご加護で毎秒全回復すれば、一時間で三千六百回、つまり普通の十年分くらいは全回復して魔力が育つことになる。つまり七時間で普通の七十年分、二倍になる計算だ。
そして二十四時間これを続ければ、計算の上では魔力は十倍になる。毎日十倍になるのだから、二日で百倍、三日で千倍、四日で一万倍だ。そしてこの計算をそのまま続けると、十日もすれば百億倍になってしまうのだ。
魔力なんて全然育たない。そんなふうに思っていた時が俺にもありました……。
そう言いだすまでには、おそらくそんなに時間はかからない。
久々の食事だった俺もそうだが、ホムラやマヤも食欲はとても旺盛で、鍋一杯にあったシチューは綺麗に全部なくなった。ホムラなんか三回もお替りしたのに、まだ食べ足りない様子だ。
話を聞いてみると、これまでは食事量をかなり抑えられていたようで、グロリアやシルビアが自分の分を彼女たちに分け与えていたらしい。それでも足りなかったなんて、どんだけ貧しい食事しか与えられていなかったんだろうか。
食事が終われば後片付けだ。そう、次元収納の中に隠し持っている、神器タワシの出番なのだ。よし、俺のタワシで鍋だろうが皿だろうが、全部ピカピカにしてやるぜ!
そんなふうに思っていた時が俺にもありました……。
〈何? 食器洗い? はい、終わったわよ!〉
鍋も食器も何もかもが、グロリアの魔法で一瞬にして綺麗になっていたのだった。
食事も後片付けも終わって、俺たちは今後どうするかを少し話し合うことにした。話し合いと言っても俺はこの辺りの事を全く知らないので、他の四人の情報が頼りである。
「俺みたいな奴が簡単に始められそうな仕事って、何かあるのかな?」
「この辺りは辺境だから、たぶんだけど妖獣を狩る仕事がたくさんあると思いますよ?」
「探索者がいいのかな?」
「そうね。マヤの言う通り、探索者になるのが手っ取り早いかしら。」
「協会登録も必要かな?」
「探索者協会への登録はしておいた方が良いかも。貢献ポイントが付くし、ランクが上がれば待遇が良くなるから。」
妖獣って言うのは、妖怪のような化け物となった獣の事で、普通の獣よりも巨大だったり、激しく強かったりするらしい。おそらく俺に噛みついてきた大口の怪物や巨大カマキリ、怪鳥なんかが妖獣っていう奴なんだろう。
そんな妖獣を狩ったり、普通の人がいかないような辺境や、危険な遺跡なんかに赴いて調査するのが探索者という仕事だ。そんな探索者たちの登録・管理をするのが探索者協会、略して協会だ。探協って呼ぶ人もいるそうだ。
「それじゃあホムラとマヤ、二人の意見に従って、その協会ってところを目指そうか。って、この道、どっちに行けばいのかな?」
「協会は大きい町ならどこにでもあるから、どっちに進んでも大丈夫じゃないかな。」
「戻ったほうが良い。」
「え? どうして? 何か特別な物ってあったっけ?」
「一つ前の町に、支部があったから。」
探索者協会はどこの町にもあるけれど、たいていの場合は出張所で、本部や支部は限られた場所にしかない。出張所でも探索者登録は可能だけれど、仮登録のような状態になるので、できれば本部や支部で本登録しておいた方が良いのだそうだ。
「それじゃあ、馬車が来た道を戻ることにしようか。」
「了解よ!」
「うん、わかった。」
探索者協会か……。なんだかラノベっぽい感じがするけれど、実際にはどんな場所なのか。それは到着してからのお愉しみだ。
さすがに最初の場所とは違って、今度は廃墟ってことは無いだろう。




