10.精霊の宿
「そんなことより、早くお片付けしませんか~?」
「そうね、このあたりは辺境だけれど、このままだと他の人が通る時に邪魔になるわね。」
「確かに。それはやっとかないと駄目だ。」
俺はシーの二人の意見を取り入れて、心理的な抵抗はあったが、怯えていた二人にも命令して、馬車の残骸の片づけや、奴隷商や盗賊の持ち物や衣服の剥ぎ取り、そして馬の解体まで、必要な作業を淡々と行っていく。
グロリアからいくつか、何かの袋を渡された。死体から剥ぎ取った物のようだ。
「これと、あとこれも、貴方にしか開けられないから、中身は確認してね。」
「何? その袋?」
「魔法の袋よ、知らないの?」
「だって野蛮人さんですよ~、知らなくても仕方ありません~。」
「魔法の袋って、見た目よりもたくさん物が入るやつのこと?」
「なによ、ちゃんと知っているんじゃないの。魔法の袋には奴隷と同じような魔法がかかっていて、持ち主以外では開けられないのよ。」
魔法の袋には物がたくさん入るうえ、重さはまったく変わらない。その上に鍵がかかっているようなものなので、普通はお金や高価な品物を入れるのに使われている。
ただ残念なことに容量には制限があるので、いくらでも物を詰め込むというわけにはいかない。そのため魔法の袋は用途に合わせて複数持つのが、商人にとっては普通の事なのだそうだ。
また中に入れたものが腐りにくくなる効果もあるそうで、旅をするときには食料や水を入れるのにも最適だ。
「えらく沢山あるね。」
「盗賊たちの分もあったのよ。」
ああ、俺が盗賊の首領を討ち取ったからか。奪い取った宝などを下手にアジトに置いておくと、部下の盗賊たちが持ち逃げしてしまうんだろう。
中を見てみると、お金や宝石、貴金属などが入っているものが三つ、食料や水などが入っている物が二つ、そして武器や道具、着替えなどが入っている物が二つあった。
少し相談して、解体した馬肉は食料の袋、馬の皮は道具の袋に入れておくことにした。馬車は修理すれば使えそうだったけれど、どの袋にも入りそうになかったので諦めるしかない。
「剣や鎧、あと服なんかはどう始末しよう? 剣はともかく、鎧や服なんてサイズが合わないだろうし。」
「そうですね~、作り直ししちゃいましょうか~?」
「死体も埋めないといけないし、とっとと魔法でやったほうが良さそうね。」
魔法で? 魔法で服のサイズを合わせたりできるんだろうか。
「というわけで~、私たちのご主人様になってください~。」
「えええ? どういうこと? シーだから奴隷にはならないって話じゃなかったっけ?」
「奴隷になるという話ではなくてですね~。精霊の主になって欲しいってことですよ~。」
なるほど。まったくわからん。
「私たちのお願いも聞いてくれるって話だったわよね?」
「ああ、うん、そうだけど。」
「そのお願いが、精霊の主になって貰うことなの。聞いてくれるわよね?」
グロリアが強めの口調で突っ込んでくる。そんな風に美少女に迫られると、ドギマギしてしまうぞ。
「い、いや、あの、その、別に嫌ってことじゃなくて、精霊の主っていうのが良くわからなくて……」
「そうですか~。やっぱり野蛮人ですからね~。」
もう俺は完全に野蛮人ってことになってしまったようだ。まあ、正体はタワシだし、人扱いされているだけマシなのかも知れない。
「私たちの主になって貰うというのは、私たちが貴方にお仕えして、ずっと一緒に暮らすという意味よ。私たちは精霊が宿る、という言い方をするわね。」
よくわからないけれど、お仕えするってことは、メイドさんみたいな感じかな? つまり翻訳すると、こんな美女で魅惑的なスタイルのメイドさんとずっと一緒にいられるってことか。
なんということだ、誠に怪しからん! ぜひお願いしますっ!
素晴らしい提案に俺が即時に了解すると、シルビアとグロリアの二人はニコニコ微笑みながら俺に近づいてきた。つーんと尖った胸の先っちょが当たってしまうんじゃないかとドキドキするぐらい近い距離だ。
「ちょ、ちょっと、近すぎ……」
これがメイドさんのパワーということか! もっとじっくりねっとり教えてください!
二人はそのままギリギリの距離を保ちながら、腰に巻かれた細い帯を解き、さらには二枚の布が縛って留めてある両肩の結び目をほどき始めた。
彼女たちのすべすべでしなやかな腕が、俺の胸にちょこちょこと当たるのが、なんとも艶めかしいのだが、今、この瞬間には、まったくそんなことは気にならなかった。
今、そこでは、そんなこととは比べ物にならないくらい、大変な事が起こっているはずなのだ。もしも顔を下に向けたら、その大変な風景が目に入ってくるのは間違いない。
だめだ、今ここで視線を下に向けてはいけない。でも正面には二人の美しい顔が迫っている。お、俺は、ど、ど、どうするべきなんだ!
これはあれか、もしかしてチューしてもいいのか? し、しちゃうぞ? ほんとにしちゃうぞ? 俺のマグマがやる気になってるし、それ以上のこともしちゃうかもしれないぞ?
二人の動きはそれだけでは終わらなかった。彼女たちはさらに俺に近づくと、腕を俺に回すようにしながら体を寄せてきたのだ。そして顔を俺の胸に埋めるようにして抱きついてくる。
俺はギュッてし返そうとして、失敗したことを悟った。彼女たちに腕ごと抱きつかれているので、腕がまったく動かせないのだ。
ちょっと待って! やり直すから、もう一回最初から!
俺はそう叫びそうになったが、彼女たちから伝わってくる、なんだか違う不思議な感覚で、少しだけ我に返った。
今の態勢なら、ポヨンポヨンでプリンプリンな幸せの形が、俺の体に押し付けられているはずなのだが、その感覚がおかしいのだ。そんなに何度も触れた経験はないけれど、これは絶対に違うと言い切れる、それぐらいにおかしな感覚なのだ。
俺はたまらず、見ないようにしていた下の方に目を向けた。するとなんてことだろう、彼女たちの体が俺に重なっているというか、俺の中にどんどん埋もれていっているのだ。
そして俺が声を上げる間もなく、彼女たちは俺に完全に重なり、目の前から消えてしまった。少し離れたところでは、シーではない二人も、びっくりして目を丸くしているようだ。
《わーい、うまく宿れました~。》
〈やはりうまく行ったわね、私たちが見込んだとおりだったわ。〉
《これで私たち、ずっと一緒ですね~。》
ええええ~、宿るってつまり、幽霊に乗り移られるみたいなことだったの?
乗り移られてやっと、俺はシーが精霊だということが理解できた。
《えええ~、せっかく一緒になれたのに、嫌なんですか~?》
〈まあ、嫌だと言われても、もう離れないけどね。〉
「いや、嫌ってことじゃないんですが……」
《もう宿っていますから、わざわざ喋らなくても、思い浮かべるだけでいいんですよ~》
(おっぱいモミモミできないのがいや、ちゅーだってできないし、それにおっぱいだって……、ああ、おっぱい……)
いや、違う、そうじゃなくて、いや違わないけど!
《ずっと胸の事ばかりですね~、でも残念でした~。》
〈元気を出しなさいな。そのうち良い事だってあるわよ。〉
(ああ、でも俺のおっぱいが、ああ、おっぱいが、おっぱい)
心の中だけでやり取りするのは、思った以上に難しいらしい。なにしろ思い浮かべたら最後、それがそのまま伝わってしまう感じなのだ。隠し事なんて出来そうにない。
その分、伝わるのは一瞬だし、返事も一瞬で返ってくるので、会話がものすごく早くなる。そして何かを考えるにしても、自分一人だけでなく、三人で一緒に考えているような感じになるのだ。
(これって、おっぱい、慣れるまではすごく、おっぱい、大変なことになりそうだ、おっぱい。)
《すぐに慣れますよ~。》
〈今の状態は、これはこれで面白いけどね。〉
ああ、お願いだから、そんなに面白がらないでください。おっぱい。
あともう一つ、俺はおっぱいのことばっかり考えているわけじゃないんだ。ちゃんとしっかりお尻や太もものことも考えている、それだけは理解して欲しい。




