01.異世界への旅立ち
俺は大宅タカシ、高校一年生だ。
顔が良いこともなく、背が高いということもない。頭が良いわけでもないし、運動が得意ということもない。自分で言って悲しくなってくるが、本当に何の取り柄もない人間。残念だけれど、それが俺だ。
もちろん彼女なんていたことは無い。親友に聞いてもいたことはないと言っているし、彼女なんて都市伝説だよね? 美少女は遠くから眺めて愛でるものだよね? うん、多分きっとそうだ、そうに違いない。
ある日の朝、いつものように高校に向かうため近所のバス停に行くと、そこには女子高生らしい人影が、一人でバスを待っているのが見えた。
あまり見かけない制服だなぁ、どこの学校に通っているんだろう。いや、そんなことよりも気になったのは、彼女の腰のあたりでチラチラと見える白い布だ。
うわぁ、やべぇ!
彼女が肩にかけていたカバンのせいで、短いプリーツスカートが完全に捲れあがってしまい、その下の白いパンツがしっかりバッチリはっきり見えていたのだ。これはもしや透視能力では! いや違う、本当にパンツが見えているのだ。
俺は咄嗟に白い布から目を反らした。朝っぱらからいったい何てモノを……誠にありがとうございます。眼福です……、いや、そうじゃない。これは注意してあげなければ。
しかし下手に俺なんかが声をかけると、事案になってしまうかも知れない。他に誰かいないか、できれば女性が……、そう思って周りを見渡してみたが、今朝に限ってあいにくと近くには誰もいなかった。
仕方がない。心を決めて、不審者のようにならないように集中して。そうだ、この白い布に集中……ち、違う、そうじゃないっ!
それにしても丸くてふっくらとしていて、それはとても素晴らしいものだった。触ったらどんな感じがするんだろうか、いや、もちろん触ったりはしない。ただ、しっかり目に焼き付けて、それよりもいっそのこと写真に撮って一生の宝物に……だめだ、違う、そうじゃないっ!
このままでは危ない道に進んでしまう。そんな危機を感じ取った俺は、魅惑の白い布から確実に目をそらすために顔を大きく空に向けて、彼女に近づいて声をかけた。
「ヒヒョワッ!」
思いっきり声が裏返った上に、盛大に舌を噛んだ。
「ひひょ?」
俺の謎の奇声に対して、訝しそうに振り向いた彼女の顔は、まるでこの世に舞い降りた天女のように美しかった。シャンプーだろうか、なんだか甘くてとってもいい香りが漂ってくる。
「ヒャ、ヒャノッ!」
俺の裏返り続ける声に、彼女の美しい顔が嫌悪感で少しゆがんだ。
「何なんですか、貴方は?」
「チ、チャガ……、パ、パンツ! パンツ! オシリッ!」
よし、やっと何とか伝えることが出来たぞ。もしかしたら、これを機会にこの美少女と仲良くなって、貴方って親切で素敵ね、結婚してっ! 結婚してくれないと、私、死んじゃうっ! とか言われてしまうかも!
いや、きっと言われる、言われるに違いない。ぐへへへへへ。
瞬きするよりもわずかな時間の内に、彼女と二人で幸せな家庭を作り、四人の子宝に恵まれるところまで想像したのだが、それはただの幻だった。
現実には、俺の目の前には、怒りで顔を歪ませた美少女が仁王立ちしている。
「ぱ、パンツですって? この痴漢っ! 変態っ!」
パァン!
怒りに震える彼女の黄金の右手が、俺の頬を的確に捉えた。
彼女のビンタと同時に、俺の頭の中では何かが超新星のように爆発し、そして俺の視界はあまりに眩く激しい閃光に包まれたのだった。
「ああ、目がぁ! 目がぁっ!」
もしかしたら俺の目は焼き切れてしまったのかも知れない。目の痛みが治まった後も俺の視界は真っ白なままで、ついさっきまであったはずのバス停も、いつもの街並みも、そして俺にビンタを食らわせた女子高生の姿も、何も見えない。
痴漢に間違われるところまでは予想できていたが、さすがにビンタや失明までは予想の範囲外だ。これでもう、パンチラが目の前にあったとしても、俺には見る事は出来ないのだ。
見る事が出来ない以上、次は触って確認するしかないではないか。待てよ、もしも見えないのならば、触るしかない。つまり、触るのは仕方のないことだ、それならば触っても許される、合法ではないのか?
混乱する心を静めるために、俺は自分の手をじっと見つめてみた。いつもと変わらない、普通の手だ。
「なんだ、ちゃんと見えるじゃないか。」
幸いにして、俺の目は焼き切れてはいなかったようだ。それじゃあなぜ、周囲は真っ白なままなのだろう。まったく意味が分からない。
真っ白な空間の中に、ただ自分の体だけが存在している、そんな不思議な感覚だ。自分が立っているのか、それとも空中に浮かんでいるのかもわからない。試しに歩こうとしてみたが、進んでいるのか、それともまったく進んでいないのか、それさえもわからなかった。
何もやることがないので暫くぼんやりしていると、目の前に突然、一人の女性が現れた。その女性は、ギリシャの女神様のような、真っ白なヒダヒダ服を身に纏っている。
ギリシャ女神の彫刻って思っているよりも胸は大きくないのだが、目の前の女性はそんなことはない。普通なら体のラインが分かりにくいヒダヒダ服なのに、しっかりとボンキュッボンな体形がわかるほど、素晴らしく魅力的なスタイルをしているのだ。
「さっきはごめんね~。つい思いっきりビンタしちゃった!」
「ビンタ? ということは、もしかして貴女はさっきの女子高生?」
あの強烈なビンタが効いたのだろうか、俺は声が裏返ることも、舌を噛むこともなく、その女性に対して普通に聞き返すことができた。
言われてみれば確かに、この女性の顔は先ほどの女子高生にかなり似ているような気がする。ただ、あの女子高生もびっくりするような美少女だったが、目の前の女性はその数倍は美しいように思えた。
「女子高生? ああ、あのコスプレのことね~。ちょっとね、あまりにも暇だったから異世界に遊びに行ってたのよ~。」
「異世界って? もしかしてここは、地球じゃないってこと?」
「そうよ? 貴方はパァン!ってなっちゃったので、異世界に転生することになりました~。ここは神界の端っこで、異世界転生の準備をする場所よ~!」
異世界転生だって? もう廃れたと思っていたのに今ごろになって?
ラノベでは山ほどそんな話を読んだけど、本当にあったのか。パァン!ってなったのが原因ってことは、あのビンタが原因ってこと? まあ、細かいことはどうでも良いか。
「てことは、実は貴女は女神様で、チートスキルが貰えるとか、そんな感じですか?」
「ええ、そうね~。今回は貴方の破廉恥行為が元とはいえ、私が原因みたいなものだから、貴方には特別に! 超絶スキルセットを最大三つまでプレゼントするわ~!」
なんと、一つのセットにいくつ入っているのかはわからないけれど、超絶スキルを三セットも貰えるなんて、確かに特別待遇で、大盤振る舞いだ。
破廉恥なことをした覚えはないのだけれど、文句を言うのはやめておこう。ここで機嫌を損ねたら、貰えるものも貰えなくなってしまうかも知れないし。
「いったいどんなスキルが貰えるんですか?」
「それを決めるのには、これを使うのよ~。」
女神様がにっこり微笑みながら軽く手を振ると、そこには人の身長ぐらいの、大きな円盤が現れた。その円盤はいくつかの領域に色分けされており、まるでルーレットのようだ。
そして俺の手には、いつの間にか三本のダーツの矢が握られている。もしかしなくても、このダーツを円盤に向かって投げて、刺さったところのスキルが貰えるってことだろう。
「矢が刺さったところのスキルセットが貴方の物になるわ。ハズレは無いからあまり心配はいらないけれど、ちゃんとしっかり狙って矢を投げてね~?」
たしかに、かなり大きな領域にも『超級勇者基本セット』とか『大魔法使い完璧セット』などと書かれており、どれも大当たり級で、ハズレらしいものは一つもない。
これなら下手に狙おうとせずに、ルーレットに当てることだけを考えて投げた方が良さそうだ。
よし、頑張ってレアでチートなスキルセットを三ついただくぞ!




