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1:ヒーローの誓い

 2011年。地球に史上最悪の厄災が生まれた。それは人間の持つ能力(ギフト)が制御不能な領域に達し、触れた全てを灰に変えるという、理不尽極まりないギフトだった。後にその人物は史上最悪の厄災と名付けられ、世界を変貌させていく。


「……」


その日は大雨だった。赤子の産声は雨音にかき消される。


(……)


病棟に雷が落ちた瞬間、閃光が暗い部屋を照らした。その一瞬、赤子を抱く女性の指先が、薄い灰に染まったように見えた。


「……なんで、生まれてきたんだ」


 病棟の向こう側は晴れていた。



***



 そして、2027年。史上最悪の厄災、ゼルは16歳になった。


 全身を分厚い黒い衣類と、その下に仕込んだ特殊な鎖で覆った彼――ゼルは高校受験のために、エリート学校だと指定されている英雄学校、ヘイムダル学院の受験会場についた。


ヘイムダル学院は、テロリストから世界を救うプロヒーローを育成するための最高機関であり、卒業後は正義と富を保証する。


――シャラリ、シャラン。

不気味な音が響く。


受験生たちは、誰もが動きやすい明るい色の戦闘服を身につけていた。その中で全身を黒に包んだゼルは、明らかに異物でしかない。


周囲の視線が、針のように突き刺さる。


(見ろよ、あれ。鎖だぜ)

(こんなところに来て良いやつなんかじゃねえよ。気持ちわりぃ)


彼らがゼルを見る目は不完全なもの、忌まわしいものを見る純粋な恐ろしさだった。


ゼルは俯き、自分の足元だけを見て歩いた。そんな時、一人の少年が駆け寄ってきて、躊躇もなく彼の体を突き飛ばした。


「お前気持ち悪いんだよ、なんだよその服。悪者か!」


少年は勢いあまり地面に尻餅をついたが、震えた声で怒りを露わにする。


 ――!


それは、体当たりによって服がズレてしまい、能力が暴発する一歩手前の危機。あたりが暗くなっていく。汗がしたたるのがよくわかった。


 はぁはぁ。ッ、どいつもこいつも。そんな目で。

 

俺を罵倒した少年を呆れぎみに無視しようとした瞬間だった。


「ゼ、ル……?」


 リ……リリアっ!


彼は布越しでもわかる表情をしていた。リリアは旧友でありながら、唯一の光だったのだ。


 ……グローブ?


リリアの手には、以前はなかった黒のグローブがついていた。


「まさか、同じ学校を受験するなんてね! ヘイムダル学院のどこを気に入ったの? 相変わらず、変な服だけど」


「昔も言った気がするな。俺、ヒーローでみんなを救いたいからさ」


「あ! そうだね、昔言ってた。――私たちが二人で一人のヒーローだって」


リリアは目を細めて笑う。ゼルは一瞬、過去の温かい記憶に引き戻された。


 幼いゼルは、公園の遊具に右手を触れそうになり、過呼吸に陥っていた。全身を震わせ、周囲の子供たちは怪物を見るように彼を避ける。


「はぁ、はぁ、はっ……」


そんな中、リリアだけが恐れることなく近づいてきた。


「大丈夫だよ、ゼル」


彼女はゼルの分厚いグローブの上から、そっと自分の手を重ねた。


「ねえゼル。私、グローブの上からでもわかるよ。あなたの手、すごく温かいね」


触れたら全てを灰に変えてしまうその手に、彼女は温かいという希望を与えた。


「俺がヒーローになるのは、誰も壊さないで済む場所を作るためだ。誰も傷つかない世界を……」


「ふふっ、でもゼルは優しいから、きっと誰かを救うヒーローになれるよ。私はね、ゼルが傷ついた時のための回復薬を作るから。私たちは二人で一人のヒーローだね!」


……

「こんな温かい記憶が、俺にもあったんだ」


「でもねえ、知ってた? 今回の試験は過去最高難易度って噂されてるんだよ! 先輩から聞いたの」


「そっか……」


 ヒーロー。神様は俺が英雄の土台に立つことすら、許してくれないのか?


「でもねえ、噂だから心配する必要はないよ。あと、ゼルならヒーローになれるよ」


「そうか? こんなんでもか」


「うん! 見た目は関係ないよ。あなたの心を知ってるのは、この世で私だけだもん」


「……ありがとうリリア。そういえば、お前は今まで何をしてたんだ?」


「薬学の勉強かな。主に回復薬学と毒薬の」


「へーすごいな! また差が開いた気がするな」


「そんなことないって」


「あ、ちょっとまってね。懐かしいもの持ってきたから」

リリアはポーチの中から、少し欠けている英雄のキーホルダーを取り出した。


「お父さんのキーホルダーか。たしかお揃いでくれたんだよな。俺もつけてるよ。大切にしてるんだな」


「うん! 当たり前」


「リリアのお父さん、優しいよな。あの、二歳のリリアが歩いた時の感動する動画も見たし」


「うん、二歳の頃ね……15年前か」


リリアはそう言うと、足が欠けた英雄のキーホルダーを俺のキーホルダーと並べた。


「お父さんは『お互い、無事にヒーローになれますように』って、言ってたね」


 リリアは静かに、しかし会場の誰よりも響く声で言った。


《会場の皆様。本日は遠いところまでお越しくださりありがとうございます。10時になりましたので、開場します。受付にお集まりください》

 

「あ、そろそろね」


「うん、お互いに頑張ろうな」


「受かると良いね」


「うん」


 リリアは立ち上がり、ゼルに向かってまっすぐ手を伸ばす。その手は、グローブをはめたまま、ゼルの胸元にぶら下がったキーホルダーを掴んだ。


キーホルダーに触れた感触が、リリアの脳裏に15年前の光景をフラッシュバックさせた。


「やっと見つけたよ、お父さん……」

父の死と、あの日の雷鳴――そして、灰色に変色した父の指先。


「どうしたリリア」


「……最後にね、言っておきたかったことがあるの」


「なんだ?」


「あのね、あのね……私はね、あなたのことが、


世界で一番、だいっ嫌い」

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