表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

攻略は失敗から

翌朝。教室に入った瞬間、僕は昨日の出来事を思い出していた。


曲がり角でぶつかった少女――雪見澪。

転校生で、席は僕の隣。

昨日の自己紹介で、彼女は緊張した様子ながらも丁寧にお辞儀をしてみせた。


「雪見澪です。よろしくお願いします」


 その瞬間、教室がふわりと和んだ。やっぱり“王道”は強い。清楚で柔らかくて、可憐。初登場としては百点満点だった。

 ……が。


「えっ、と……あの、ここ、空いて……あっ、ち、ちょっと通してくださっ……す、すみませっ……!」


 移動ひとつでコケた。いや、正確には誰ともぶつかってないのに、自分の机の脚に足を引っかけて派手に転んだ。今朝からずっとこんな調子で、クラスの笑いが少しだけ起きる。彼女は顔を真っ赤にして「だ、大丈夫ですっ」と立ち上がったけど、その声が小鳥みたいに裏返っていた。


(……だいじょうぶじゃなさそうだな)


 僕は心の中でつぶやいた。

 午前の授業が進むにつれて、それは確信に変わっていった。


「えっと……この詩は、“心の奥の静けしゃ"を――す、すみません、か、噛みまひた…」


「雪見さん、チョーク逆ですよ」


「あっ、あぁ〜〜っ!」


清楚ヒロイン然とした落ち着いた立ち居振る舞いをしようとすればするほど、彼女の動きはどこかぎこちなくなっていく。

 緊張と不自然さが合わさって、ポンコツな方向に一直線だった。

 昼休み、クラスの一部からひそひそ声が聞こえる。


「けっこうドジっ子なんだね」


「昨日の印象と違うなぁ」


彼女はそれを聞いていないふりをしていたが、机にうつ伏せた横顔は少しだけ沈んでいた。

放課後、僕はなんとなく屋上へと足を向けた。風が通り抜ける音と、遠くのチャイム。

フェンス際のベンチに、穏やかき座る様子はまるで白百合を思わせるようだった。鞄を抱きしめるようにして、うつむいている。


「……さっきはさんざんだったね。」


声をかけると、澪が顔を上げた。赤くなった目をして、ぎこちなく笑う


「こんばんは、天城くん……」


声も、どこか上品でゆっくり。 普段より少しだけ高めの声で、言葉を選びながら、丁寧に挨拶している。


「あ、あの、雪見さん。気に障ったら申し訳ないけど、もうちょっと気を楽にしてもいいんじゃないかな?」


そういうと、彼女は少し安心したように深呼吸をして、


「ごめんなさい天城くん。私、清楚になろうとすると体が勝手にバラバラになるんです。声も震えるし、足も絡まるし、頭も真っ白になって……」


ぽつり、ぽつりと彼女は言葉をこぼした。


「清楚で理想的な女の子じゃなきゃ、好きになってもらえないって思ってて。でも、頑張るほど空回って、全部ダメになっていくの」


風が止まったような沈黙が落ちた。

僕はフェンスにもたれながら、少し考える。


「ねぇ、雪見さん」


「……はい」


「ダメって、誰が決めたの?」


「え?」


「清楚じゃなきゃ好きになってもらえないって、それ、誰が決めたの?」


 彼女はきょとんとした顔で僕を見る。

 そして、ゆっくりと目を伏せた。


「……たぶん、私自身です」


 その答えは、どこか痛々しいほど真っすぐだった。


「じゃあさ、ひとつ提案がある」


 僕はフェンスから背中を離し、彼女の前に立った。


「“清楚”とか“理想”とか、攻略法にしばられるのやめよう。代わりに――僕たちで、新しい攻略法を探そうぜ」


 彼女が目を見開いた。


「……私たちで?」


「そう。お互い、今のままじゃうまくいってない。だったら、テンプレなんて一回捨てて、ゼロから“正解”を作り出せばいい」


その言葉は、テンプレ通りなどではなく僕自身が思ったことだった。沈黙が、少しだけ伸びた。やがて彼女は、小さく笑った。それは今までで一番自然な笑顔だった。


「……おかしな人ですね、天城くん」


「おかしな人は、だいたい正解を見つけるんだよ」


 僕がそう言うと、彼女は少しだけ吹き出した。


「……わかりました。じゃあ、私たち共犯者ですね」


「共犯者?」


「“攻略法”を探す共犯者。これからよろしくね天城くん」


僕に微笑みかけた彼女の笑みは今まで一番自然で輝いて見えた。その表情に、僕も自然と口角が上がるのを感じた。

 

翌朝、彼女はいつも通りの教室に現れた。けれど昨日と違っていたのは、少しだけ肩の力が抜けていたことだ。


「おはようございます、天城くん」


まだ少しぎこちないけれど、昨日よりずっと自然な声。


「おはよう、雪見さん」


 そのやりとりを聞いていたクラスメイトが、なんとなく笑顔を向けたのが見えた。

 大きな変化じゃない。でも、確かに一歩は踏み出した。


(よし、ここからだ)


僕は心の中で小さくつぶやく。

僕たちの“共犯者”としての第一歩は、今、静かに動き出したばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ