06話 交通事故から始まる竜の愚痴
暗い夜道を箱型の冷蔵トラックが一台、川沿いの道を進む。
冷蔵庫の横には幌付き荷馬車のロゴ。
『馬車馬ロジスティクス』通称、馬車ロジの業務用トラックだ。
通常業務の他に余計な仕事を回された上、帰宅ラッシュに巻き込まれて余計に遅くなってしまった。
しかも帰社したら面接の準備が待っている……
俺はこの会社に管理部配属で入社したはずなのに
「川背君は動きがいいから。な、頼むよ」とか「欠員出ちゃってさ、今日だけ!」とか、果ては「君には言いやすくてさ」なんて言われて、資材部から配送部まで欠員の補充係のような扱いを受けるようになってしまった。
言い返さない俺が悪いのかもしれないけど限度があるだろ。限度が。
ここ最近の拘束時間は平均で15時間を超えている。
ダッシュボードに置いたスマートフォンが鳴り出した。また会社でなにかあったのか?
このままどこかに寄って集荷してこいとか冗談じゃないぞ…電話でたくないなぁぁ…なんて思いながらスマホを取ろうとした瞬間……車道の真ん中に突然、白い兎がライトに浮かび上がった!
「危ない!」
うちでは『きなこ』という名前のミニチュアダックスフンドを飼っている。
姉ちゃんと俺ときなこの三人家族。
兎を飼った事はないが動物好きとしては絶対に轢きたくない!
その思いが先走ってとっさにハンドルを左にきってしまった。
俺の運転するトラックは勢いよくガードレールを突き破って……衝撃の後、俺はどうなったんだ?
「気がついたか?」
ここは真っ暗だ。
濃淡の無い完全な闇。
そして俺の目の前には道路に飛び出してきた、あの白い兎がこちらを向いて浮いていた。
「いと小さき者よ。我、世界の理を司りし七体の偉大なる竜にして、大神の厚き信を得て魂の調停といふ重大なる職責を負う者。
生と死を司る太古の竜バースといふ。されど魂は幾万幾億にしてさも綺羅星の如し。
我、暗澹たる水底の如くに深い悲しみにふけり。なげきひとり寝るなり」
(兎にしか見えないけど…竜って言ったのか?
なぜ古語で喋っているのかわからないけど魂の管理者?!ふむふむ、それで仕事が凄い大変だと。
めんどくさくて、ふて寝?兎が話し始めたと思ったら愚痴りはじめたぞ……)
ちなみに、姉の英才教育のおかげで匠は国語の成績だけは優秀であった。
兎は口元をぴすぴすと動かして会話を続ける。
兎が喋る事や話の内容はともかくとして、めちゃくちゃ可愛い。もふりたい。
「我、心憂しは異世界へと彷徨い顕現せし。心ならずもいと小さき者と邂逅せしむる。
些事なれど魂とは天秤の盃の如く繊細なれば捨て置くこと叶わず」
(つまり仕事が嫌になってさぼってたら俺の前に飛び出したと。
しかも俺が死んだのは小さい事だけど放っておくのはまずい…俺の扱い、ちいさっ!)
「我、大いなる奇跡を持ちて、異世界なれど同質同量の魂の器を見出さん。
かの器に魂を注ぎて世界の均衡を保たんとす。この奇跡を持ちて小さき者への贖罪と成す。
あい、すまぬ」
(それで…謝罪として異世界の器に魂を…移す?!とりあえずな感じの謝罪がめちゃくちゃ軽い!)
「なれば大神より授かりし竜の奇跡をとくと見よ!
我が身、多忙なりしはこの先小さき者に干渉する事叶わずも、これも縁といふもの。健勝でな!」
(え?転生させたからこれでおしまい、ばいばーいって事か?…おいおいおい!ちょっと待て!)
言うだけ言うと兎が光りだし、溢れ出る光が視界の全てを白く染め上げていった。
パチッと目が覚める。
ここは…あぁ、俺は転生してきた時の夢を見ていたのか。
天井は照明もなにもない石造り。
三方は厚い石壁、通路に面した鉄格子の出入り口は貫抜に錠がおりている。
鉄格子付きの小窓からは、いつも通り男達の雄叫びが耳を騒がせる。
悲しい事に、もはやこっちが俺の日常か…うぅっ、背中が痛い。
寝具として与えられているのはガサガサの毛布が一枚きりだ。
ふかふかのベットと枕が恋しくて仕方がない。
視界の端でチョロチョロっと小さな黒い影が動く。干からびかけているのを助けた黒いトカゲ『おはぎ』だ。
時折、姿を見せてパンと水をねだりにくる。
おはぎとの交流は数少ない貴重な癒やし時間。
一部のゲームなんかで使われているSAN値、ストレスメーターが回復するのを実感する。
食べ終わるとおはぎはスルスルとどこかへ行ってしまったので、昨日の試合を思い返してみる。
そういえば、興行師が気になる事を言っていた。
試合前の煽り文句として「生と死を司る竜、バースはどちらに微笑むのか!」って。
そして夢に出た白い兎も「魂の調停といふ重大なる職責を負う者。生と死を司る太古の竜バースといふ」と名乗っていた。
あの兎はこの世界での信仰対象かなにかで、俺に奇跡を起こしたという事か。
転生ものの小説でよくあるトラブル一位といっても過言ではない、言語と文字がわからない問題はなぜか俺には起きていない。
この世界で出会った人、といっても大した人数ではないけど言葉は通じるし、羊皮紙に書かれた剣闘士のルールもちゃんと読めた。
ふわっとした推測でしかないが、俺の器になったヘリオンの記憶が少し残ってるのかもしれない。
もしくはあの兎、生と死を司る竜バースの奇跡の一環と考えるべきか?
このあたりは考えても答えがわかる問題じゃないから、棚上げするしかない。
ブラック企業務めの会社員はその場しのぎと適応力が肝なのだ。




