04話 麦とフレイル 前編
みなさんは『フレイル』という武器をご存知だろうか?
短い柄に長い鎖がついていて先端にトゲトゲの鉄球がついてるやつ?
これは『チェインフレイル』と呼ばれる物で、記録の少なさと実用面から実存が疑問視されているファンタジー武器だ。
俺はロマンがあって好きだし、流行らなかっただけで作ってみた人間はそれなりにいたのではないかと思っている。
じゃあフレイルってどんなの?という事で、実物がこちら。
柄は2メートル強、ローマの投擲槍『ピルム』の全長と同じくらい。
その先端には金属の輪がついていて、輪の先には短い鎖で60センチくらいの棍棒がついている。
連接棍と呼ばれる形状だ。
両手持ち武器であり、振り回して叩きつけるのが主な戦闘方法。もちろん突く事もできる。
面白い事にフレイルは元々、武器ではない。
棍が回転するように勢いをつけて、乾燥した穂を叩いて脱穀に使っていた。
これを打穀と言って聖書にも登場する。
現代人の目からすると明らかに危険な武器ではあるが、れっきとした農具である。
姉ちゃんいわく「1302年、フランスのフランドル戦争、金拍車の戦いで市民兵が騎兵の騎士をボコボコにして有名になった武器がこのフレイルよ。
ゴーデンダッグとも呼ばれて1000人以上の騎士が殺された歴史があるの。
重装甲の相手には刃物よりも打撃武器!
匠、あなたが重装騎士に追われる事があったら、相手は遅いはずだからまず逃げる事!
その次に刃物でなく打撃武器を探すのよ。いいわね!」
本気だか冗談だかわからないアドバイスに俺は「そもそも騎士と闘う事がねぇよ」なんて返したけど……あったよ!
ありがとう姉ちゃん!
そういう理由で二戦目に持ち出した武器は、武器庫の端に農具としてしまわれてあったフレイルだ。
先端の棍が金属製だったので高級品(の農具)かもしれない。
おかげで威力は十分だろう。
開幕の時間。
柵の先、闘技場から例の興行師による煽り文句が聞こえてくる。
「さぁ、みなさんご注目!本日の前座も見ものですよ。鉄壁の防御と鋼の意思!重装の闘士!下級剣闘士カルギス!」
対面の柵が上がり、カルギスと呼ばれた男が闘技場に姿を見せる。分厚い兜は頭だけでなく面の全てを覆い、不気味に2つの目が覗く。
篭手は右腕全体を金属板で補強し、その先に伸びる右手はローマの剣『グラディウス』が外れないよう包帯でぐるぐると固定されていた。
なにより目立つのは左手に持つ巨大な盾である。
木製で長方形。長さは150センチほど、幅は80センチほどで、耐久力を増すため円筒状に沿っている。
中心と縁は金属で補強され、蛇が巻き付いた派手な紋様がいかにも立派な盾だと主張していた。
かなりの巨漢でヘリオンよりも頭ひとつ大きく、体の厚みはその屈強さを誇示している。
今度の相手はかなり頑丈そうだ。
「さぁ、みなさんお待ちかね!対するは先の戦いで巨大な槍を振るい話題を独占した男!
巨人ギガス・ヘリオン!生と死を司る竜バースはどちらに微笑むのか!」
眼前の柵が上がり、俺は闘技場へと歩みでる。
「ぷははっ、おい、あいつ槍じゃなく農具を持ってきたぞ!」
「巨人じゃなくて農夫がでてくるとはな!ギャハハ」
「うちの麦も打っておくれ!」
「兄ちゃん、俺の剣を貸してやろうか」
会場中から沸き起こる爆笑と冗談の歓声。
殺し合いを始めるというのになんだが、緊張してピンと張り詰めた空気よりも、これくらいの雰囲気のほうが実力を発揮できる気がする。
1000年先のフランス騎兵をボコボコにしたフレイルの本領を見せてやる!頼むぞ俺の体、ヘリオン!
カルギスは完全な重装型だ。
動きは遅いが相手の攻撃を受けても耐えきり、重量とスタミナで潰しにくる所謂タンク型で間違いない。
対してこちらは長物のフレイルに軽装。
防具といえば麻布のトゥニカ(チュニックの原型)
金属製の簡素な小手とすね当て。
あとはカリガと呼ばれる剣闘士用のあみあみのサンダルである。
リーチ武器打撃特化回避型…こうやって説明してみると尖りすぎて、かなりニッチな装備になってしまったかもしれない。
ええい!今は悩んでいる暇はない!
盾を前に構えてにじり寄ってくるカルギス。
牽制も兼ねてフレイルを両手で持ち、体の前で旗を振るようなつもりで回してみる。
カルギスもフレイル相手に戦った経験がないらしく、若干動揺してる…というか扱いに困っている様子だ。
フォンフォンと小気味よい音を立てて回るフレイル。
打ち込むタイミングで手を頭まで上げ、腰も回して勢いをつける!
現代人にはゴルフのドライバーを使って、野球のフルスイングをしてもらえば少しは伝わるかもしれない。
思った以上の遠心力!これは堪えるはずだ!
行けっ!




