03話 PDCAサイクルで剣闘士の業務改善
「おい、ギガス。こっちを向け」
ギガスはラテン語で巨人の意味だ。
「今日から、といってもお前に明日があるか知らんが、お前をギガスと呼ぶ事にした。観客受けが良さそうだろ?」
何枚も布を使ったヒラヒラした華美な服装。顔と腹にたっぷり乗った贅肉を揺らしながら、興行師はニヤニヤといやらしい笑みをこぼした。
巨人とはまた誇大広告も甚だしい…クレームどころか炎上ものだ。
どうせ拒否できないのだから抗議する気力も湧かず、抗議の意味を込めて苦い顔で睨みつけた。
「あのでかい槍は柄にヒビがはいっちまったから処分しておいた。
そういう訳で俺は、対戦相手の大盾使いの方に大枚を賭けるからしっかり稼がせてくれ。それじゃあとでな!」
「牢番!ギガス・ヘリオンに出場の準備を!」
ガハハと高笑いし、言いたい事だけ言い残して去っていく興行師。俺は牢番に連れられて出場前の武器庫へとたどり着いた。
時間が経つにつれて沸々と怒りが湧いてくる…絶対にあいつを破産させてやる!
簡単に殺されてたまるか!とはいえ、だ。
武器を何にするか。
闘技場には貸し出しの武器がある。
剣、長槍、投擲槍、盾、メイス、等々…初戦はこの世界では珍しい長さの長槍で意表をつけたが、同じ物ではいずれ対策されるだろう。
二回目くらいまでは優位に立てると思うが、なにより現物が用意できそうにない。
さっきの興行師の態度からすると、長い柄も隠されてしまった可能性がある。
剣闘士にとっての定番といえば剣である。
ローマの剣、グラディウスが剣闘士の由来になるくらいだ。
でもこれはまだ却下。
正攻法でやり合うには、明らかに俺の度胸と技量が足りていないと痛感した。
対して体側のヘリオンが反射神経や筋量がかなりハイスペックなのは理解できた。
鏡が無いせいで確信には至らないが、他の剣闘士と比べて明らかにヘリオンの腕のほうがゴツく、胸板も厚い。
ヘリオンさん、あなたの体が頼りです!
今の俺はスーパーカーにペーパードライバーが乗ってるようなものだと思う。
使いこなせるまでにもう少し時間が欲しい。
その時間を作るために今は知恵を絞る必要がありそうだ。
ここはひとつ、現代の会社員的思考、PDCAサイクルを意識して問題と対策を整理してみよう。
計画、実行、評価、対策。これは業務改善の基本。
俺のいた職場も計画と実行だけはバンバン打ち出してくるくせに評価はデキレース、対策はなし。と散々だった…
現場を知らない社長だか会長だかが思いつきで計画を口にするばかりで……おっと、思考が逸れてしまった。
まずは現状認識を評価してみる。
ここは闘技場だ。時代はファンタジー小説によくでてくる所謂中世ヨーロッパよりも古いのは間違いない。
服装や生活様式、武器の感じからして、紀元前3世紀から5世紀頃まで栄えたローマ帝国によく似ている…と思う。
ちなみに日本の戦国時代は16世紀頃の話。
戦国時代ですら遠い未来の出来事。
古代ローマについては歴史マニアの姉ちゃんが好きな時代だったので、俺もそれなりに詳しいという自負があったのだが…
興行師や牢番頭の言っていた『クロネリア帝国』『ゴードル王国』なんて国名は聞いた事もない。
ひとまずはローマ帝国っぽい世界と仮定して、武器や装備もローマっぽいものだと考える。
俺の予測が間違っていて、この世界に当たり前に魔法があって対戦相手がファイアーボールでもぶっ放すような奴なら一巻の終わり。
ゲームオーバーだ。
ローマ兵、剣闘士の戦いの基本は剣や槍よりも盾だ。有名なファランクス戦法、それを破ったレギオン戦法、両方とも盾が主役だ。
まずはこの盾をなんとかするべきだろう。
目的が具体化された事で自信が湧いてくる。
いいぞ俺!
前回のように本人が自分から手放してくれれば楽なのだが……
対策というからには具体的な案が必要だ。
精神論を押しつけるだけの会社は現場が苦労するだけである。
今の俺にとって現場への押しつけ、イコール大怪我と死。
そう考えると、早急に作戦を考えて剣闘士としての労働環境を安全快適なものに変えなくてはならない!
いや、できれば今すぐにでも剣闘士なんて辞めたいのが本音だ。心の底から転職したい。
戦闘の原則はリーチだ。
攻撃射程が長いほうが勝つのが基本。
後の先というかっこいい言葉もあるが、剣は槍に勝てないし、槍が銃に勝てないのは自明の理。
つまり今回用意する対策案は、第一に盾を破壊するか手放させる事。
第二にリーチが稼げる事。
と、なると俺が手に取る武器は…
武器庫の端に立てかけられた投擲用の槍に手を伸ばそうとした瞬間、傍らに放りだされた『ある物』に目がとまった。
土壇場だが作戦変更、こいつでいこう!




