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23話 所持品の返還

リヴィアス議員の「くれぐれも姿をくらまさないように」という言葉が気にかかった俺は、カルギスからの熱烈な誘いを固辞して律儀に牢(牢の中ではない!)へと帰宅して朝を迎えた。


「んお?わざわざ帰ってきたのか、生真面目なやつめ!」と牢番頭ゴズウェルのガラガラ声に起こされる。


「まぁ丁度いいか。お前に渡す物があるから、それを渡して一緒に公共浴場(テルマエ)でもいくぞ」


起きて早々におっさんから朝風呂の誘いとは…

おぉ!そういえば古代ローマといえば風呂文化が有名だ。

風呂好きの日本人としてはきっちり体験するのはもはや義務と言えるだろう。

かなり楽しみである。


ゴズウェルが朝食(イエンタクルム)の為に通りで買ってきたフォカッチャをチーズと合わせて、俺も一緒にいただく。


「ほれ、これはお前がここに連れてこられた時の所持品だ。確かに返したぞ」

そう言ってゴズウェルは食後に大きな麻袋をドン、とテーブルに置いた。

その麻袋はだいぶ傷んでいたが、紐の縛り部分と縁に氷の結晶のような紋様が刺繍してあった。

現代のクリスマスを彷彿とさせて気持ちが和む。


帝国も変なところだけ人道的だなと困惑したが、ヘリオンの私物が手に入るのは嬉しい。

彼に関する手がかりが掴めるかもしれない!

さっそく袋を開き、中を覗いてみる。



中にあった物は以下の通り。

羊毛のチュニック、手斧、装飾のある古びた鍵、小さな木箱


着古した羊毛のチュニックは大きさからしてヘリオンの物と思われた。今着ているチュニックは麻なので、冬や雨の日にはこちらのほうがよさそう。

着替えゲットである。


手斧は武器というよりも日常使いのサイズ。

柄には帝国では見かけない紋様が彫られており、グリップは指の形の握り跡。

使い込まれているのは明白だが刃はきっちり研がれていて、大切に使っていたのが見て取れた。

短剣の代わりに補助武器として使う事を考えてもいいだろう。


お次は鍵だ。

古代ローマにはウォード錠と呼ばれる錠前と鍵があったと博物館で姉ちゃんに教えてもらった記憶がある。カルギス宅にお邪魔した際にも錠前屋を見かけたので帝国でも一般的なのだろう。

だけど、この鍵はかなり凝った意匠が施されている。


金属製でシリンダーに指す先端部分は上下にL字型の突起。持ち手部分はリング状になっていて、中央にはイルカ?いや、シャチが彫られている。


シャチの下には小さな青い宝石が埋め込まれ、それを囲むように波の紋様が彫り込まれていた。

見ただけで高価な物だとわかる。

宝箱の鍵か、神殿などの鍵だろうか。

もし自宅の鍵ならヘリオンは貴族や王族なのかもしれない…今わかるのは、鍵はあっても開ける先が見当たらないという事だけだ。


最後は手のひら大の木箱。

鍵はなく、全体を蜜蝋で固められて封印されていた。防水の為かもしれない。

蓋と箱の隙間の蝋をカリカリこ削ぐ。昨日、浦島太郎の話をしたので少しドキドキした。

スポッと蓋を外すと中に入っていたのは、美しいブローチと金の首飾り、数個の宝石だった。


おぉ!大きくはないが宝箱だ!

思いがけない財宝に目が眩んで、豪華な食事や快適な生活が脳裏をよぎる。おっと、いかんいかん。

これはヘリオンの物だ。

奥さんや恋人、娘への贈り物かもしれない。その辺は線引きしておかないとまずいだろう。



そっと木箱の蓋を閉じるとゴズウェルがもう一つ革袋をテーブルへと置いた。

「こっちは5戦目のチップとワシからの餞別だ」


相好を崩してクシャッとした笑顔を見せるゴズウェルに感謝の念が溢れてくる。

すでに奴隷ではなくなった俺と、牢番頭である彼の間に接点はほとんどない。


これまで何かと気にかけてくれた心優しい傷だらけの老人との別れが近づいているのかもしれない。

そう思うと胸の奥が少し熱くなった。


「ゴズウェル、ここまで本当にありがとう」


目頭が熱くなってしまった俺はなんとか簡潔にお礼だけ伝えて、そっと視線を地面に伏せる。

すると視界の端を黒い影がちょろちょろと走るのが見えた。

牢内での唯一の癒やしだったトカゲのおはぎだ。

どうやら床に落ちたパン屑を食べに来たらしい。


「お前も朝食にありつけたみたいだな」

テーブルに残っていたチーズのかけらを手のひらに乗せ、近づけてやると手の上にスルスルと上りチーズをかじり始める。


ゴズウェルとおはぎが俺の送別会を開いてくれているかのようだ。


「なぁ、おはぎ。お前も俺と一緒に来るか?もっと美味いものを食わしてやるよ」


それを聞いたゴズウェルが含みのない笑顔を見せた。

「お前に扶養家族がいたとは知らんかった。これからキリキリ稼がんといかんな!」


いつもより大きな声で激励してくれ、チーズにかじりついていたおはぎは黄金の瞳をこちらに向けてキョトンとしていた。

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