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17話 異世界ゴシックホラーナイト

肩口から左胸にかけてパックリと切り裂かれた傷から、まるで水瓶をひっくり返したように止め処なく血が溢れ出す。


傷はおそらく心の臓にまで達しているのだろう…即死していない事が不思議なくらいだ。


痛みも、苦しみも、悲しみさえ感じる事はなく、あぁ、私はここで死ぬのだなと、不思議な納得感だけがあった。


そういえばさっき、綺麗な月が視界の片隅にチラと入った気がする。

もう、手も足も動かないけれど、最後は薄汚い土より、輝く月を眺めて逝きたいとライカは願い、少しだけ首を動かした。


そう、見たいのだ月を。大きく光り輝く満月を。



想像を超えた一撃を放ち終え、匠は動揺していた。

吹き飛んだライカを見るや、貴重なチャンスだと確信してひたすらに破壊力だけを求めた。


その結果、匠の予想を大きく超えて、卓越した技能を持つ闘士を防御ごと粉砕してしまったのだ。

匠はヘリオンの、自らの肉体を初めて恐ろしいと思った。


観覧席を見回してみれば、あまりの凄惨な幕切れに観客さえ唖然としてるじゃないか…

「おい、見てみろよライカの壮絶な姿をよ」

「毛が逆立ちそうだぜ、ありゃあ化け物だわ」


観客達がひそひそと話を交わすのが聞こえてくる。化け物か、確かに俺は化け物なのかもしれない…


ボキボキボキ、バギン!

「ごあぁぁ…かはっ…がぁっ!」

バギッ、ボキボキ……


なんだ?この骨が折れるような音は…ライカ?

奇妙なのは音だけではなかった…天を仰いで事切れたはずのライカの顔が、大きく膨れていた。


被っていたはずの兜は歪み、傍らに転がっている。

ボキボキと音を鳴らしながら体の内側でなにかが強引に動き、形を変えていく…

バギン!とひと際大きな音を立て、肩がはずれて二回りも大きくなる。


なん、だ?コレ、彼女の中になにか入っているのか?


あまりの光景に声もだせない俺とは裏腹に、観客は恍惚と感嘆の声を上げる。


「始まったわ、あの男終ったな」

「これこれ、ライカのこれを観に来たんだ。ヒヒッ」


彼女の細く艷やかな黒髪とは対照的に、太く針のような剛毛が彼女の手足から生えだし、瞬く間に覆い尽くしていく。


気づけば、ライカだったはずの毛むくじゃらの何かが、むくりと起き上がる。


で、でかい…ヘリオンより頭一つ分は優に超えている。


深くえぐれていた胸の傷はジュウジュウと焼けるような音と共に湯気を立てながら塞がっていく。


大きな満月を背にして、彼女はブルブルッと顔を振った。もはや人ではなくなった、獰猛な狼の顔を。



「ラ、ライカンスロープ…」

人狼、狼人間とも呼ばれる、ライカンスロープの語源はギリシャ語だ。

小学生の頃、姉ちゃんと一緒に吸血鬼と狼男が戦う映画を観ている時に姉ちゃんが訳知り顔で、狼男のウンチクを色々と教えてくれたっけ。

それにしてもだ、

「ここ、絶対に古代ローマじゃないだろ…」


ファンタジーどころか、ゴシックホラーの世界とか冗談じゃない!

スキルも魔法もない世界で、どうやって狼男、いや、人狼と戦えばいいんだ?


「ヘ、ヘリオンさん?」俺は頼もしい相棒、体担当のヘリオンに呼びかける。


(……)

拗ねてるのか?


(………)

完全なる無反応、無視である。


だあっ!悪かったよ!さっきは怖いとか思って悪かった!だから出てきてくれヘリオンさーん!


(…………)

だめか、どうやら電波の届かない場所にいらっしゃるらしい。


人狼対策の知識、、なにかあったか?急げ急げ!


グルルルル、フシュッ!


2メートルはありそうな右手を広げ、人狼と化したライカが飛びかかってきた。

でかいのに早いっ!

慌てて盾を構え、一撃に備える。


ゴオッ!ドガッ!

化け物相手にできる事はあるのか?

こ、怖い…本能が逃げろと叫んでいる。



「あら、そんなに怯えて。眠れないの?」


姉ちゃん…狼男が本当にいたんだよ。

「おねしょされても困るし、一緒に寝てあげようか?」

「ね、姉ちゃんとなんか寝れるか!」

「仕方ないわね。じゃあ狼男の弱点を教えてあげる」

素直にこくりと頷くのは子供の頃の俺と、少し困った様子の姉の姿。


「いい?狼男は銀に弱いの。銀の弾丸かナイフがいいわ」「銀の弾丸、うちにある?」


「ないわね。うーん。そうね、それなら…狼男の元ネタは狂犬病なのよ」「狂犬病?」


「そう、犬にかかる病気だけど人にもかかるの。狂犬病は恐水病とも呼ばれていて、水を飲むと死んじゃうから狂犬病にかかった人は水を怖がるんだって」


「水ならうちにもあるね」

「コップに水をいれて置いておいてあげる。これで寝れるわね」


ありがとう、姉ちゃん。

銀の弾丸はやっぱりないけど、水ならここにもある!

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