01話 長槍に見出す光明 前編 [挿絵]
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闘技場を仕切るのは派手に着飾った興行師。
彼らは大げさな身振りで観客を煽り立てる。
「さぁさぁ、みなさんご注目!前座だからって馬鹿にしちゃあいけませんよ。
剣を持たせりゃ右にでる者なし!先の試合で三人殺しの栄誉を授かった戦士モルナガだー!」
興行師の口上が終わると対面の柵がスルスルと上がっていく。
上半身裸で金属製の簡素な兜を被り、一振りの剣と小ぶりな盾を持った男がゆっくりと闘技場に現れる。
少し怯えを含みながらも剣を握る拳は固そうだ。
年齢は俺と同じ、20代中盤か少し年上に見える。
歓声に酔って気が大きくなったのか、獰猛な表情へと変わっていくのがわかる。
この男が俺の対戦相手…本当に殺し合いをするのか?この俺が?
「さてこちらは先日仕入れたばかりの生きの良さ!栄えあるクロネリア帝国に楯突くゴードル王国の敗残兵、名をヘリオン!
ご覧ください、彼の持つ長大無比な槍を!」
目前の柵がゆっくりと上がり、陽光と砂埃が身を焦がしていく…
割れんばかりの歓声と罵詈雑言の嵐。
観客の目、目、目。
どいつもこいつも全部俺を睨みつけてくる。
正直逃げだしたい…
俺はヘリオンなんていう名前でも、ましてや敗残兵などという物騒な身の上ではない。
この身体の中身は、現代日本において履いて捨てるほど見かけるブラック企業でいいように使われてきた会社員、川背匠24歳だ。
いくらなんでも突然すぎる。
俺は2000年代の日本人だぞ。
ウォシュレットがないと生きていけないんだぞ!
突如、闘技場に引きずってこられた俺のいたたまれなさと場違い感は、不正が発覚した記者会見の席上で社長の横に並んで謝罪させられる平社員の如し。
これから起こるだろう惨劇に期待する傍観者達の視線を意識すると膝の震えが止まらない。
もちろん惨劇の被害者は俺の方だ。
あまりの恐怖に歯の根が合わない。
どうする、どうする?
いや、どうしようもない…
観客の視線はしゃがみこんで泣き出したい俺の持つ槍に注がれている。
牢番頭になんとか頼み込んで無理やり持たせてもらった、長さ6メートルの長槍に。
こちらの武器は長槍のみ。
当然ながら防具らしい物は何一つ身につけておらず、盾無し、鎧無し、兜すら無い。
「ぷっ、なんだいあの巨人が持つような槍は」
「長すぎてあれじゃ投げられないよ」
「膝が震えてるくせに見栄っ張りだねぇ」
俺を睨みつけていた無数の眼光は、見慣れない長槍への嘲笑と爆笑ですっかり緩んでいた。
見れば対戦相手の、えーと誰だっけ?
あいつまで盾を投げ捨てて笑っていやがる。
この空気なら…俺にもやれそうな気がしてきたぞ。
見てろよ。
散々聞かされてきた姉ちゃんの歴史ネタを実証実験してやる!よし!姉ちゃんの言葉を思い出せ!
あれは中学生くらいの頃か、姉ちゃんと二人で戦国武将を操作する無双系ゲームをやりながらの雑談だ。
「そうねぇ、私の推しの戦国武将といえば、なんといっても本多平八郎様ね。家康には過ぎたる者と言わしめた平八郎様の武器は蜻蛉切と言って、天下三名槍のひとつなのよ。
かっこいい伝説が盛り盛りよ。全部教えてあげるわね。何から伝えようかしら…」
推しへの愛が深い…もうちょっと回想を進めて槍の戦闘講釈の部分を思い出すことにしよう。
槍を構えたまま動かない俺にチャンスだと思ったのか、モルナガが雄叫びを上げながら迫ってくる!
早く思い出せ、俺!
リーチの有利を頼りにサッと槍を突く真似で牽制。相手も警戒して剣を前に構える。
盾を拾わず突っ込んできているのが悪くない!
光明が見えた!
「いい?蜻蛉切の全長は約6メートル。後に武器は身の丈に合う物を使うべきだと言って5メートル位に詰めたらしいわ。
豪胆なのに謙虚だんて最高よね。匠も本多平八郎様のように強くて謙虚になりなさい」
ぐ…もう少し先の回想だ。
「槍兵というのは初歩的な兵科なの。徴兵されて戦い慣れていない者は原則槍兵よ。
そんな素人がどう戦っていたかというと槍を振り上げてぶっ叩くの。いい?
刺すよりぶっ叩く!これが戦国時代の槍の心得よ!」
気合を入れてガバッと思い切りよく槍を振り上げるヘリオン。
その突拍子もない動きに驚き、モルナガはステップして距離を取る。
モルナガはすぐに体制を立て直し、再び突っ込もうとしたが……眼前にそびえ立ち、陽光を反射してきらめく巨大な槍を呆然と見上げる事しかできなかった。
なぜなら、こんな長大な槍を見たのは初めてだったから。
これが自らの頭上に振り下ろされる瞬間を想像しただけで頭の中が真っ白になってしまったからだ。
ぽかんと見上げるモルナガの頭上に向けて勢いよく槍を振り下ろす!外す事は考えない。
匠の本来の体ではとても真似できないが、転生した奴隷剣闘士ヘリオンの肉体なら十分に長槍を操る事ができると直感が告げていた。
ゴガッ!
盛大な金属音と土煙を立てて、全長6メートルの長槍の穂先は、兜ごしであったものの見事にモルナガの頭部を痛打した。
兜は槍の形をべっこりと残し、舌を噛んだのか口から血を吹き出している。
決着はついた。
命を奪う事にためらいを感じて槍をひいた匠だったが、どちらかが死ぬまで戦わなくてはいけない奴隷剣闘士のルールと勝利への執着がモルナガを動かした!
血を撒き散らしながら剣を腰に溜め、刺し違えんと目を剥き出して迫ってくる。
刹那、勝利を目前にしながら相手の気迫に腰がひけそうになる匠の脳裏に姉、真綾の言葉が飛び込んできた。
「長槍を両手で突いては特性を発揮できないわ。リーチを有効に使いたい場合、左手は台座か照準のつもりで。そして右手を使って槍を突き出すのよ!」
姉の掛け声と同時に俺の腕から飛び出した槍の穂先は、モルナガの腹部へと吸い込まれるように深々と突き刺さった。
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