表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

12話 映らぬ刃プラムバタ

左肩の肉をえぐられ、左顔面を真っ赤に濡らしながらも懸命に思考を巡らせる。


冷静になれ!

今冷静にならないと本当に死ぬぞ、俺!


「メノン必殺のプラムバタが炸裂っ!見事な早業です!」

沸き起こる歓声。

プラムバタ?なんだ?剣が伸びたのか?

状況を把握しようとしている間にメノンはスルッと俺の盾の影に入る。

なに、を?


ドシュッ!「がぁっ!」


右内ももに衝撃が走る。

刃が見えない。

いや。刃では、剣ではない?

これは矢か?


あぁ、わかった…これは矢だ。ダーツ?

シュカッ!続けざまに風切音が耳に伝わる。



ようやく謎が解けた時、メノンの攻撃はすでに完了していた。

攻撃の正体に悩んで突っ立っていた俺は、さぞいい的だった事だろう。

俺の眉間へと矢が迫る。


これは、ちょっと無理なやつだなと一人納得してしまう。

小さな刃だろうと、急所を押さえれば人は簡単に殺す事ができる。

指一本落とされるだけでも大惨事だと注意していたはずなのに、真の理解には至っていなかった。


これは明らかな自分のミス。


ごめん、姉ちゃん。

そっちでもこっちでもパッとしない弟で。

ほんと、ごめん…迫りくる痛みをこらえるようにきつく目をつぶる。


ズオオォッ……ゴオッ!


覚悟を決めて目を閉じた俺の体を、浮き上がらせ吹き飛ばすほどの突風が、突如として俺の後ろから吹き荒れた!


体が持ち上がり目を開けてみれば、矢が逸れている…どころではなく、メノンに向かって俺自身が突き飛ばされ、文字通り吹き飛んでいく!


「うわああああぁぁぁ!」

驚き叫ぶ俺とメノン。


ガッシャアアアッ!ズザザッ…


土埃を巻き上げて、二人はもんどり打って倒れ込んだ。



「神風!神が奇跡の風を吹き込みました!さぁ、試合の行方は!」

「こ、こりゃあ天空の竜サンダー様の御業じゃあ!」


突然の事態に観客もどよめいている。

そして、土埃が晴れる。

メノンが上だ!

俺の上で馬乗りになっている!


この距離の武器は…はっ!右手にはまだチェインフレイルがある!

鎖を両手で掴み、奴の首を鎖で縛る。


「ふっ、ふざけるなぁぁ!何なんだこれはぁ!」


メノンは口角泡を飛ばし、叫びながら盾の裏から最後の投げ矢を引き抜いて俺の脇腹へ突き刺す!


「ぐおぉぉっ!」

き、気合いをいれろヘリオン!男をみせろ!


ガッ!ガッ!ガッ…脇腹が何度もえぐられる!

いっ、いだいっ、くそっ、このぉ、全力で引いたれぇ!


バギンッ!


メノンの首が折れる音と同時に、血だらけの矢を握りしめた右腕が止まる。

と、とまったあぁぁ…俺は、なんとか生きてる!

生きてるぞ!


ドサリと俺にしなだれかかってくるメノンの体を抱きとめる。

骸となってしまえば、それはもう敵と呼ぶべきではないだろう。

死体を蹴るような真似は御免だ。


とはいえ、いつまでも男と抱き合ってるのも遠慮したい。悪いなメノン、ちょっと、どいてくれ…お前、重、い…いかん、血が流れすぎて意識が……



「こ、これは、相打ちですか!?審判!」

アナウンスと共に審判(ルディス)が駆け寄る。

そして闘技場の端に立つカロン(冥界の河の渡守)の仮面をかぶった男も二人のもとへと近寄った。


審判が首を横に振り、カロンの仮面男達は動かなくったメノンを戸板に乗せて運び出す。

審判はヘリオンの様子をじっくりと眺めると、彼の上体を無理矢理に起こし、右腕をあげさせた。


「今、勝者が決まりました!天空と雷を司る竜サンダーに神風を吹かせた奇跡の男ヘリオン!さぁ、勝者に栄光のシュロの小枝を与えましょう!」


興行師が高らかに宣言すると、歓声が湧き起こり、チップと花びらが宙を舞う。

彼らにとって剣闘とは娯楽であり、他人事だ。


勝ち負けが決まり、一時の享楽を得る事こそが目的であり、その後に剣闘士が後遺症に悩まされようが、死のうが知った事ではない。

ここはそういう場所なのだ。


大量に血を失い、意識を失ったままヘリオンは牢へと戻された。

いかに歓声を浴びようと彼はまだ4勝した一介の奴隷剣闘士に過ぎない。

そもそも帝国が彼に期待しているのは、観客の溜飲を下げるための生贄でしかないのだから。


警備兵からヘリオンを引き渡された牢番頭ゴズウェルは、深い深いため息をつく。


「お前さんなら、やってくれると思ったんだがな…あと1勝じゃねぇか」


傷は浅くない。

左肩はえぐられ、右足の太ももは前と内側から出血している。

さらに左脇腹は傷こそ深くなさそうだが、何度も刺されてグズグズだ。

さすがに血を流しすぎている。


「すまん。これくらいしかしてやれん…」

小さく呟くと、ゴズウェルはこの場に人がいない事を確認し、アルカンナの根から搾った傷薬をヘリオンの患部に塗りつけた。

この程度の処置でなんとかなるとはとても思えないがせめてもの手向けだ。


処置を終えるとヘリオンを牢へ寝かせ、一枚きりの毛布をかけてやる。

明日には息を引き取ったヘリオンが、牢から連れ出され、すぐに別の奴隷が連れて来られるだろう。


そうしてゴズウェルはまた、ひよっ子が1秒でも長生きできるように小言を伝え、小さな夢を見る。


一人でも多くの奴隷が生きる権利を掴み取る小さな夢を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ