49話 折衝
クロネリア帝国皇帝の詔勅により、帝都防衛の任を預かるコルネリウス将軍。
防衛戦の天才と称される彼だが裏でこっそりと囁かれる悪名を持っていた。
『文官潰し』その名の通り、彼につけられた文官は地獄をみる。
任務遂行という大義名分の下に将軍が次々と編み出す打開策は不可能を可能にする、まさに魔法のような代物だがその余波も凄まじい。
前例がないのは当たり前、指令書の拡大解釈、友軍将校からの書簡や嫌味さえも兵や武器に変えてしまう。
そうして果たされた任務の後に残るのは、コルネリウスの作戦によって救われた将兵の命と称賛…だけではなかった。
「応急的措置」の文言で埋め尽くされた報告書と関係各所への謝罪文でコルネリウス将軍付きの文官は、比喩ではなく書類の山に埋もれ、凱旋後に異動を願い出るまでがお決まりのコースである。
コルネリウスの高名さと隊の死傷率の低さから、高位貴族の若い子弟が箔付けに推薦される事も多い。
キケル・ヴァレンスもその例に漏れず、元老院議員である父の推薦で、コルネリウス将軍付きの副官として召された哀れな子羊の一人だ。
ヴァレンスは見た。
一二〇〇名しかいない帝都防衛軍を瞬く間に倍増させ、武器庫を解放した機転。
最も苛烈と思われた東門から帰還した兵達が興奮冷めやらぬ面持ちで『イデアの勇者』を称える姿。
そして今、折衝としてポポロ広場に向かう道中で直接目にするのは、八〇〇〇名もの反乱者が煽動されているにも関わらず、パレードの様相で平穏無事に練り歩く反乱軍とそれを見守る防衛軍だ。
暴動無し、怪我人無し、被害無しの大成果。
(言葉も無い。見事だ。見事としか言いようがない……だが、この作戦の報告書を、私は何と書けばいい?
戦闘行為ゼロでは敢闘精神を疑われかねない。まして、私はこれから彼らにパンを与え、全てを不問にするから帝都から出ていってくれという、意味不明で前代未聞の交渉を任されている……そのまま報告しようものなら間違いなく、正気を疑われるだろうな……)
多大な成果を目前にした帝都防衛軍司令官付きとは思えない沈痛な面持ちで、胃のあたりを押さえながらヴァレンスは反乱軍との折衝に向かう。
「副官殿、あまり緊張しなさんな。及ばずながら私がついています。落ち着いて交渉に臨みましょう」
「コルグロ百人隊長……」
ヴァレンスの護衛兼お目付け役として、コルネリウス将軍の懐刀であるコルグロ百人隊長が武装し、同行してくれている。
彼は将軍と共に、いくつもの戦場を渡り歩いた歴戦の勇士であり、将軍の意図を察するのも上手い。
「なあに、閣下の作戦に漏れはありません。場が混乱しても私の突撃で副官殿の逃げ道くらいは作ります。ご安心を」
そんな事を言われても全然安心できない。
不安を取り除こうとしてくれての発言だろうが、ヴァレンスの胃腸はキリキリと悲鳴を上げるばかりだ。
ポポロ広場の入り口は反乱軍兵士に封鎖されており、整列した帝国軍兵士は向かい合うように牽制している。
帝都防衛軍の代表として話し合いの用意がある事を伝えると、少ししてヴァレンスとコルグロだけが通され、簡素な陣幕へと案内された。
広場では注目を一身に集め、緊張が走る。
「敵軍との交渉を帝都の中で体験できるなんて、君は運がいいな。近くだから軽い気持ちで行ってくるといい」
コルネリウス将軍から折衝の任を拝命する際に放たれた軽口。ヴァレンスはコルネリウスの顔を思い出し、苦虫を噛み潰したように、眉間にシワを寄せた。
反乱軍の副官だという、いかにも武官らしい髭面の男と挨拶を交わし、自己紹介の後に訪問理由を述べる。
「多くの奴隷が一斉に逃げ出したにも関わらず、幸い帝都は大きな混乱など見せず盤石です。
本来であれば、逃亡奴隷には鞭打ちどころではない大きな刑罰が定められているのですが、帝都防衛軍司令官コルネリウス将軍の寛大な配慮により、ここに集まる逃亡奴隷に関しては不問にしてもよいとのご厚情をお預かりしております」
「どうやら、お若い伝令役殿は納得されていないようだな。そのご厚情を賜るにあたり、我々にどんなご用かな?」
司令官付きの副官に対して伝令役とは失礼な。
自身の口上に不遜な態度で返す副官を精一杯睨みつけてやる。
これだけ帝都を騒がし、広場を占拠するような連中は、殲滅戦を仕掛けて捕らえた者を火刑や猛獣刑に処すのが妥当なはずだ。
「僭越ながら、口の利き方にもう少し気をつけられたほうがよろしいかと。ここは地上海を支配するクロネリア帝国のど真ん中。帝国軍三〇万と相対しますか?」
「ふんっ、市内の守りが二個大隊程度なのは既に知れているわ!そちらの方こそ一〇〇〇〇余人の暴徒を防ぎきれるものかよ!」
互いに弱みは理解している。
帝国軍は帝都で暴動を起こされては困るし、反乱軍は水と食料を求めている。
その中で少しでも相手よりも優位に立ち、有利な条件を引き出すのが折衝というものだ。
反乱軍の退去と引き換えに水と食料の提供をする。
可能であれば、反乱軍を本陣のある東ではなく、北へと向かわせたい。
ヴァレンスは心中で目標を再確認した。
「東門の魔獣オルトロスは討ち取りましたよ。幾分被害もでましたので、彼らはあなた方を決して許さないでしょう…殺気立つ彼らがここに押し寄せる前に、話し合いを終えたいものです。
こちらとしては戦闘行為が行われていない現状で、速やかに立ち去っていただければ……」
「そう急くな。オルトロスは所詮捨て駒。小さな戦果を誇っては、噂に名高いコルネリウス将軍の名が泣くぞ」
脅しを入れても顔色一つ変えない反乱軍の武官にヴァレンスは苛立ちを覚えた。
幾度かこちらから水を向けてみたが、返ってくるのは強気と嫌味ばかりで埒が明かない。
風向きが変わったのは、反乱軍の伝令が陣幕に現れ、交渉役の髭面に小さく耳打ちをしてからの事。
「すまなかったな、お若いの。ようやく我らが主の手が空いたようだ。では、私は失礼させてもらうとしようか」
そそくさと席を立つ武官から笑顔で、楽しい時間だったなと大笑され、唖然とするヴァレンス。
最初から相手は交渉するつもりなど無く、時間稼ぎが目的だったのか……
意気揚々と賢しげに有利不利を説いていた自分が恥ずかしい。
「ヴァレンス殿、これも仕事です。平静に対処しましょうや」
同席するクアレスにまで慰められて、ヴァレンスは痛む胃のあたりを押さえた。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は4月06日(月曜)です。
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