48話 ポポロ広場
スパルタクスの演説によってクロネリア市内で蜂起した反乱軍の人数は、およそ八〇〇〇名に上った。彼らは今、帝都北の巨大な出口となるポポロ広場に集結し、ひしめき合っている。
だが、その実態は軍隊とは名ばかりの烏合の衆であった。訓練所から奪った武器は定数を揃えられず、多くは粗末な農具などの寄せ集め。
怒りと熱狂に任せて集まったものの、指導者であるスパルタクス将軍が不在の今、広場には行き場のない熱気と、徐々に膨れ上がる不安がどろどろと渦巻いていた。
その不穏な空気の中、新たな反乱軍を仮に預かっているのは、共に帝都潜入を果たした数少ない歴戦の戦士と下士官達である。
その筆頭として、スパルタクスから副官に任命された年嵩の男が、苦渋に満ちた表情で指揮を取っていた。
「皆の様子はどうだ?」
「はっ! 寄せ集めにしてはなんとか統制が取れているかと……。ですが、熱が冷めるにつれ、皆一様に不安がっております。暴発は時間の問題と思われます」
「スパルタクス様が不在では仕方あるまい。勝手気ままに略奪に走り、暴徒化しないだけマシだと考えるべきだな」
「ですが、このままでは……」
年嵩の副官は、白髪の混じる顎髭を神経質にさすり、眉間に深いしわを刻んだ。
さもありなん。
ここに集まった八〇〇〇の民草は、自由という名の理念ではなく、ひとえに『スパルタクス』という一人の英雄が放つ圧倒的な熱量とカリスマに惹かれて命を投げ出したのだ。
スパルタクス様は、この巨大な群衆を統率し得る「猛者」――ヘリオンを直々に勧誘しに行くと意気込んでおられたが、副官に言わせれば、我々に今最も必要なのは他ならぬスパルタクス様ご自身なのだ。
「兵が英雄を頼りすぎているのは、痛いほど理解しているが……あのお方の旗印無くして、この八〇〇〇の命は一日として立ち行かぬ」
「……おっしゃる通りです」
副官の苦々しい呟きは、現場で必死に群衆を抑え込んでいる反乱軍指揮官全員の切実な心情を端的に表していた。
「早いところお戻りいただかないと、広場を遠巻きにしている帝都防衛軍も、いつまで黙っていてくれるやら」
「そこです、副官殿。連中の動きは不気味すぎる。我々がここへ至るまでの主要な道は重装歩兵で塞ぐくせに、我々がこの広場に集まることに対しては一切手を出してこない。各個撃破して個別に解散させるほうが、軍事的には遥かに簡単だろうに」
「まとめて一気に皆殺し……なんて最悪の事態はありませんよね?」
「安心しろ。それは戦術的に不合理だ。帝都のど真ん中で八〇〇〇の死体を積み上げれば、疫病と暴動の火種になるだけだからな」
戦術において、戦力の集中投入と分散撃破は基本中の基本である。
相手方の狙いがわからない時こそ、基本に忠実たれ。面白みや華やかさには欠けるが、軍学に基づき、堅実にできる事を確実にこなす男。それこそが、彼がスパルタクスから重用されている所以であった。
その堅実で信用のおける副官に、スパルタクスは出発前、今後の指示を三つ残していた。
一つ、戦力と言えるだけの兵と武装が揃うならば、このまま東へ向かい、クリクスス率いる本隊を援護。レアティナ平原で帝国軍を背後から挟撃する事。尚、本隊からは近況を知らせる早馬が間もなく届く予定となっている。
一つ、帝都の反乱軍を戦力化できない、もしくは本隊との合流が不可能と判断した場合は、速やかに北へ向かい、オエノマウス率いる帝国脱出軍と合流する事。
一つ、スパルタクスが帰らないと判断される場合は、速やかに上のいずれかの行動を起こす事。その際の全指揮権は副官に一任する。
「……最後の一つだけは、如何に将軍の厳命といえど、容易に受けいれるわけにはいかないがな」
「スパルタクス様は、ご自身の命の価値に無頓着すぎるところがありますからね」
副官の拭いきれない懸念を察して、部下も同じように重いため息をつく。
「悩んでばかりいても事態は好転せん。隊の編成、奪った武器の再配分と確認を急がせるように」
「はっ! ですが、その前に一つ、至急確認と決断をしていただきたい事がございます」
「どうした?」
「……食料と水は、如何致しましょうか」
部下からの最も恐れていた痛い質問に、指揮を任された副官は目をきつく閉じて、再び髭を強くさすった。
スパルタクスの帰還が遅れている事に次いで、今この軍が直面している最大にして致命的な問題。それが『兵站』であった。
「ここ帝都から、主戦場となっているレアティナ平原までは約四十キロ。道が整備されているとはいえ、ロクな装備もない八〇〇〇人からの烏合の衆の移動には、丸二日近くかかる」
「その間の食料を確保するために、周辺の商店や市民への略奪を指示しますか?」
食料と水は、行軍に取って血や空気と同じ、必要不可欠な存在だ。
本来であれば、この広場に集結する道中で富裕層の館などを襲い、数日分の糧食を確保する予定だった。だが、帝国軍の奇妙な行動が、その略奪行為を未然に防いでいたのだ。
訓練されていない素人にとって、あからさまな敵意を向けてこない者を自ら襲うのは心理的な抵抗が大きい。ましてや、その相手が盾と槍を構え、機械のように一糸乱れず整列したクロネリア帝国の正規重装歩兵ならばなおさらだ。
帝国軍は反乱軍を攻撃しない代わりに、食料庫や商店街へ続く道を完全に封鎖し、彼らをこのポポロ広場へと意図的に『誘導』したのである。
「……連中の狙いはこれか。こちらが飢えに耐えかねて商店を襲撃すれば、それを口実に一気に『暴徒鎮圧』の大義名分を得て殲滅に動く。無血で我々を干上がらせるつもりだ」
「なんと陰湿で、合理的な……。いずれにせよ食料は必要ですが、動くタイミングが肝要ですね」
「ああ。焦って先に動いた方が負ける。もうしばらく待つしかない」
「待つ事もまた戦い、ですか……」
「辛いところだな」
互いの心労を労い、胃の痛くなるような苦笑を交わしていると、ふと、広場の帝都側入り口が不自然にざわついているのが目に留まった。
見れば、重武装した帝国兵数名が、盾を下げたまま広場の中へと足を踏み入れてきている。
ただの偵察や見回りではない。明らかに何かを伝えようとする使者の動き。このひりついた空気は、決して待ち望んだ将軍の帰還などではないだろう。
二人は合わせたように今日一番の重いため息を一つつき、この絶望的な盤面に投じられた新たな問題へと、重い足を向けるのだった。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は4月03日(金曜)です。
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