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【祝19万PV】転生式異世界武器物語 〜剣闘士に転生して武器に詳しくなるメソッド〜[月水金17:30更新・第二部完結保証]  作者: 尾白景
裁判と戦争編

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47話 匠

「大切な友達を助ける為に、俺はそろそろ行かないといけない」


 下段攻撃を外して体勢を崩した分身体を一瞥し、匠は口を開いた。


「俺もだよ。本隊を率いているクリクススを救うには、君の力がどうしても必要だ」


 剣を引き戻し、スパルタクスも静かにそれに応じる。

 ヘリオンがトラウマを乗り越えて立ち直り、魔法の分身体まで破壊した以上、もはや実質的な決着はついたと判断した匠だったが、どうやらスパルタクスの決意は予想以上に固いようだ。


 互いに絶対に譲れない一線がある事を悟り、再びファルクスを構えて正対する。


(ヘリオン、頼む。スパルタクスを殺さずに無力化したい)


(応! 私の力を信じてくれ、相棒!)


 ヘリオンが少し照れくさそうに、しかし力強く返すその言葉に、俺の胸の奥が熱くなる。

 相棒か……一つの身体に詰め込まれた二つの異なる魂を言い表すのに、これ以上の言葉はないと思えた。


 スパルタクスはヘリオンに最大の武威を示すべく、次の一撃に全てを賭ける。


 両手剣ファルクスを腰から下に両手で持ち、凶悪な刀身を自身の体の後ろに隠す。

 これは『脇構え』と呼ばれるもので、剣の軌道と間合いを悟らせない、両手剣の構えとして最も実戦的な型の一つだ。


 対するヘリオンも半身になり、こちらは切先を相手の眼前に向け、顔の横にファルクスを構える。

 防御とカウンターに比重を置く『霞の構え』と呼ばれるものだ。


 ヘリオンが匠から剣道の基本的な構えや戦い方の概念を聞き出し、相手を殺さず制圧する『活人剣』の実践に最も相応しいと判断して即座に取り入れたもの。


 両者の呼吸と心臓の鼓動が初撃のタイミングを計り、目線が交錯する度に互いの出方を読み、ミリ単位で間合いを微調整する。

 張り詰めた緊張が限界を超え、空気がガラスのように砕けたその時。先に動いたのはスパルタクスだった。


「おおおぉぉッ!!!」


 勇猛を馳せるトラキアの戦士は、戦場で死と直面した時、己を鼓舞する大音声で叫ぶ。

 スパルタクスもまた、数万を率いる冷静な指導者の顔を捨て、一人の純粋な戦士として咆哮を上げ、持てる全ての力を乗せて最速の中段横薙ぎを放つ。


 初めて見る『霞の構え』が、上段に対する絶対的な防御力を有していると一瞬で判断しての、完璧な一撃。


 スパルタクスの右足が前に出て深く踏み込み、体が開く。


 常人にはスパルタクスの体がブレたようにしか見えないその神速の瞬間を、ヘリオンの人外の動体視力は見逃さない。


「喝ッ!」


 短い気合いを吐いたヘリオンは、顔の横に構えたファルクスの切先をそのままに、最小限の動作と最短距離で、振りかぶったスパルタクスの手元へと突き入れる。


 内側に刃があるファルクスは本来、刺突には全く向かない曲刀だ。だが、相手の動きを読み切って『後の先』を取ったヘリオンの精確無比な突きが、スパルタクスの左手甲を正確に砕いた。


「がぁッ!? なんのッ!」


 スパルタクスは超人的な精神力と執念を発揮し、骨が砕ける激痛に耐え、なんとか剣を取り落とさずに踏み止まった。だが、極限まで集中したヘリオンの動きは止まらない。


「破ぁッ!」


 小手への一撃で完全に出鼻を挫き、間髪入れずに大上段からの全身全霊の振り下ろし。


「いけない!」


 脳内で俺が思わず叫んだその瞬間、スパルタクスは自身の頭上に落ちてくる死神の刃を静かに見つめ、己の死を悟った……。


「ヘリオン! 殺しちゃあダメだ!!!」


 ―――時が止まる。


 とは、こういう事を言うのだろう。

 確定した死の宣告を受け入れたスパルタクスの目の前で、雷が落ちたような、俺の割れんばかりの絶叫が響く。


「応ッ! 止まれえぇッ!」


 匠の叫びで我に返ったヘリオンから発された緊急停止命令を受けて、瞬時に電気信号を全身の筋肉へと送る。


 人を殺すのではなく、活かす。

 これは、主導権を預けた匠からの至上命令。


 ヘリオンの全細胞が絶叫を上げて急制動を掛け、スパルタクスを真っ二つにしようと最高速で迫っていた四キロの鉄塊ファルクスは、突風を巻き起こし――頭頂部の薄皮一枚を浅く割いて、ピタリと静止した。


 そのあまりの衝撃と、死の淵を覗き込んだ圧倒的なプレッシャーに、スパルタクスは全身の力が抜け、仰向けにどうと倒れ込んだ。



「あぁ……完敗だ。一対一の立ち合いで俺が負けるなんてなぁ、思っても見なかった」


「その割には、ずいぶんとさっぱりした顔をしているようだが……」


「そうなんだよヘリオン。君に左手を砕かれて、頭から血を流して無様に転がっているってのに……こんなに愉快で清々しい気持ちは久しぶりさ」


 負け惜しみではないのだろう。

 スパルタクスは決闘の前よりも、よほど晴れやかな表情で、アハハと能天気に笑った。


 その、毒のない無邪気な笑顔に、俺は集中が切れて、たまらずスパルタクスの横の石畳に座り込む。


「……なぁ。徹底して対話を望み、殺さずに制圧する君の考え方。あれは、血なまぐさいこの国のものじゃない。ましてや、高度な教育を受けた特権階級の貴族とも全く違う。君は……いったい何者なんだ?」


 鋭い質問に一瞬身構えたが、こちらを見つめるスパルタクスの表情は、純粋な好奇心に満ちた子供のようだ。


 死闘の後に理解し合って仲間になるなんて、漫画の中だけのご都合主義だと思っていたけど、今なら少しわかる気がした。

 拳で語り合う事でしか伝わらない熱というものが、確かにあるのだと。


「わかっちゃうか、そうだよな……。俺は、もう二度と戻れない、ずっと東の果てにある『日本』という国の生まれなんだよ」


「ニホン……聞いたことのない、不思議な響きの名前だ。ニホンは、君のような優しい考え方ができるほど、平和な場所という事なのか?」


 ふむ、と少し考えてみる。


「たしかに、この国と比べると信じられないくらい平和だね。戦争はしないし、格差はあっても奴隷制度なんてない。銃刀法ってルールで武器は持てないし、仕事がなくても生きていける仕組みもあるし……」


「平和的で、誰もが人として生きられる素晴らしい国なのだな。戻りたいとは思わないのか?」


「うーん、口うるさい姉ちゃんと、愛犬のきなこには会いたいけど……あっちでは多分、俺は死んだ事になってるからなぁ」


 生と死の竜バース。あの胡散臭いウサギの話しぶりだと、俺は向こうの世界で物理的に死んでいて、現代日本に魂の帰る場所はないはずだ。

 俺の口調があまりにあっけらかんとしていたせいか、スパルタクスは目を丸くして驚き、やがて何かを深く理解したように、優しげな微笑みを浮かべた。


「そうか。既にこちらに、守るべき大切な家族がいると言っていたものな……。家族と友人を、その手で生かして守る。なにより尊く、大切な事だ」


 生き方が違う。

 戦う目的が違う。


 それを完全に悟ったのだろう。

 スパルタクスはゆっくりと立ち上がると、未練を断ち切るように大きく伸びをして、こちらを振り返った。


「ヘリオン、お別れだ。最後に……君の祖国での、本当の名前を教えてくれないか?」


 まるで魂の中まで見透かすような、澄み切った瞳。微笑みとも、試しているともつかないその穏やかな笑顔。


 二つの魂が同居している事を知っているのか?


 いや……どちらでも構わないか。

 むしろ、この偉大な英雄に名乗れることを光栄と思える。


タクミだ。この世界で俺をそう呼ぶのは、俺の中の相棒ただ一人しかいないけどね」


「タクミ……。やはり不思議な響きだ。意味はあるのかい?」


「職人とか、一つの道を究める達人という意味だよ」


「そうか……君にぴったりだな!」


 アハハ、と空高く無邪気に笑うスパルタクス。

 強くて誠実で、誰よりも話の分かるこの新しい友人に、何か気の利いた言葉をかけたいと願うが、どうしても言葉がでてこない。


 彼はこれから、数万の反乱軍を率いた指導者としての重い責任を取るために、死地へと赴くのだ。

 そんな覚悟を決めた人間に、俺の薄っぺらい現代の価値観で、どんな言葉をかけたらいいのか……。


「……スパルタクス。君の無事を、心から願うよ」


「ああ、俺もタクミの家族と友人の無事を、神に祈っている」


 言葉少なに言祝ぐと、スパルタクスも俺の前途を祈ってくれた。

 その時には既に、彼の顔は一人の青年から、何万人という人間を導く『指導者』のそれに戻っていた。


 じゃあな、とそのまま振り返ることなく背中を向けて去っていくスパルタクス。

 その少し寂しげな背中を静かにお見送りすると、ヘリオンが心中で誇らしげに声をかけてくる。


(良い男だったな)


「そうだな。最初は歴史の渦に巻き込まれたくないと思っていたけど、会えてよかったよ」


(私の言った通り、剣を交えてよかっただろ?)


「え? ……わざわざ殺し合う必要……あったかな?

 いや、まぁ、おかげでスパルタクスと腹を割って仲良くなれたの……か?」


 ふふん、と自慢げにドヤ顔をしているヘリオンの気配を察して、少しだけ腹が立つ。


「そういえばヘリオン、さっき心の中で俺の事、『我が主』みたいな言い方してなかったか?」


 ヘリオンが俺の思考を覗けるように、シンクロ率が上がったおかげで、俺もヘリオンの感情の揺れが少しだけわかるようになったのだ。


 どうやらヘリオンは、俺を命の恩人たる『主人』と仰ぐか、共に戦う『相棒』と定めるか、関係性を決めかねて迷っているように感じた。


 ぐぬ……と図星を突かれて言い淀むヘリオンに、俺は意地悪をせず軽い感じで伝えておく。


「さっきは戦いの中で『相棒』って呼んでくれたろ? そっちのほうが、俺たち二人の関係には相応しいと思わないか」


(……匠が望むなら、そちらにしよう。相棒)


 この古代世界で俺を『匠』と呼ぶ最初の友人は、頭を掻くように気恥ずかしそうに、だが確かな喜びを滲ませて返事をしたのだった。

毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。

次回は4月01日(水曜)です。


お読みいただき、ありがとうございます。

気に入って頂けましたら評価★★★★★ブクマをお願いいたします。ランキングと作者のモチベーションが上昇いたします。


引き続き、『武器物語』をよろしくお願いいたします。

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