39話 デキマティオ(十分の一刑)
『サラリア街道』古代クロネリア語で『塩の道』を意味するその街道は、帝都クロネリア東側の玄関口であるコリーナ門を起点として、アドレア海へと続く全長240キロメートルの歴史ある街道である。
反乱軍が占拠したピケヌム市は、サラリア街道の100キロ地点に位置しており、その丁度中間に広がる『レアティナ平原』にて、クラッスス将軍率いる10個軍団6万の鎮圧軍と、頭目クリクスス率いる5万の反乱軍がまもなくぶつかろうとしていた。
クロネリア帝国軍が遠征する際には、カストラと呼ばれる野戦陣地が築かれる。
カストラは決して粗雑な間に合わせの陣地ではなく、専門の工兵部隊が丁寧に整地から行い、石壁を築く。
数日程度のキャンプから越冬のための砦に至るまでしっかりと体系化されていた。
短期決戦に臨むクラッスス将軍は簡易型カストラの建設を指示。
己の指示に従って従順に作業する兵達を見てまわり、クラッススは支配者としての満足感を満たす。
(インペリウムとはなんと大きな権力か……市民権を持つ歴戦の兵共がまるで奴隷のようではないか。
インペリウムを持つ余に付き従う精強なリクトル達も頼もしいものよ。皇帝にでもなったような気分だな)
インペリウムを持つ者の守護のみを任務とする専属の警護兵『リクトル』
彼らは『ファスケス』と呼ばれる1.5メートル程の木の束を皮のベルトで巻いた物を携行する。
ファスケスは結束や団結を意味し、インペリウムの権力を象徴する物だ。
(余談ではあるがアメリカ合衆国議会やエクアドル、カメルーンの国章などの意匠としてファスケスが描かれている)
ひと通り野戦陣地の視察を行ったクラッススは、レギオーの軍団長、上級将校、百人隊長を一同に集め、薫陶を与える。
クラッススの後ろでは10人のリクトルがファスケスを掲げ、その威光を皆に見せつけていた。
「さて諸君。アウグス皇帝陛下より発せられた開戦の詔勅と指令書により、我ギニアス・クラッススが陛下の全権代理人としてインペリウムを授かっている!」
クラッススが今作戦の全軍司令官である事は当然ながら出陣式の際に公表され、皆が知るところである。しかし、どうやらクラッススは再度強調しておくことにしたようだ。
鎮圧軍6万の内情は帝都近郊に駐留する軍をかき集めたものである。また、当初クラウディ公の策定した編成計画ではコルネリウス将軍が指揮を取る予定となっていた。
この計画は軍内部でも話が通っており、防衛の才人と謳われるコルネリウスの手腕をこの目で見られると多くの将校から期待され、注目を集めていた。
そんな状況にあって、政治的配慮という名目での指揮官交代となったわけで、当然ながら物議を醸した。
軍団長の間ではクラッススを政治屋とあからさまに下に見る向きがあり、それを知るクラッススとしては彼らに武威を示し、牽制する必要があった。
「貴公らの皇帝陛下にたいする忠節は疑うべくもないが、残念な事に陛下の全権代理人たる余を軽んじる声を耳にしている」
「そ、そのような事は……」
将校達が一斉にざわつく。
この場に心当たりの無い者などいないのだ。
「よい。よいのだ」
クラッススは芝居がかった調子でかぶりを振り、皆を諌める。
「余は貴公らのような百戦錬磨の猛者とは言えぬからな。さりとてインペリウムを侮るような真似をされては帝国軍全体、ひいては陛下の面子に関わるというもの―――」
自身への侮りを皇帝にたいする侮蔑へとすり替えてクラッススは薫陶を続ける。
将校達はいつ犯人探しが始まるのかと、脂汗を流しながら背筋を伸ばして動向を見守る。
このままで済むわけがないのだ。
なにしろ、クラッススは火事場での非道な地上げと、しつこい高利貸しでクロネリア市を支配する悪名高い政治屋なのだから。
彼は決して己を侮る者を許さない。
「そこでだ。皆が結束を固め、ファスケスのように一丸となって悪逆な反乱軍と戦えるよう、余が一計を案じる事とした。もちろん、諸君の活躍を願っての事である」
ゴクリ……
誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる程辺りは静まり返り、クラッススの一言一投に注目する。
気づけば、設営をしていた兵達までもが手を止め、耳をそばだてて、こちらを伺っていた。
聴衆が増えた事を喜んだクラッススはそれを咎める事なく嗜虐的な笑みを深め、周囲を睥睨する。
当然、兵としての義務を怠るような無能者には、後で相応の罰を与える算段を忘れない。
「陛下の全権代理人として、ここに宣言する! 余の預かる10個軍団、6万の鎮圧軍全てに対し、デキマティオ(十分の一刑)を今より適用する事を!
なお、この刑は軍団長、上級将校、諸兄らにも同様の処置を行うものである!」
「そ、そんな……」
「兵の指揮に関わりますぞ!」
「我々、将校にも適用するだと?」
クラッススの宣言に驚愕し、動揺する将校達。
デキマティオ(十分の一刑)とは、上官への不服従や敢闘精神の不足等の疑義が呈された部隊に対して行われた刑罰である。
言葉の通り、公平なクジによって隊の十分の一が選出され、それまで仲間だった十分の九人に撲殺されるという残酷極まりない内容であった。
江戸時代に悪名を馳せた五人組制度などと同様、連帯責任を負わせ、相互監視を目的とする支配者側にとって非常に都合の良い制度である。
クロネリア帝国においては、至高の君主と称された先帝(第12代皇帝)トルネウスの命で廃止されていたのだが……
「我らが讃えるはアウグス帝その人である! インペリウムを授かる余の言葉は、全て帝国を繁栄させるための金言と心得よ!
帝国軍将兵一丸となり、反乱軍を破砕するのだ!」
「御意!」
デキマティオを今より適用すると言われては、否はない。
不服を申し立てれば、上官への不服従として即座に刑は執行されるだろう。
クラッススは決して己を侮る者を許さないのだから……
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次回は3月13日(金曜)です。
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