37話 ロンパイアとファルクス
想定以上に問題なくアウロ議員を確保できた匠だったが、そこから数刻の間、ウェスパシア訓練所に留まる事となった。
誘拐犯が犯行現場に長く留まるのは厳禁……なのかはよく知らないが、スパルタクスの演説を聴き終えた群衆が、訓練所を後にするのを待っていた為だ。
いかに常人離れした身体能力を持つヘリオンとはいえ、アウロ議員を袋詰めにした麻袋を背負って、目立たずに人混みを移動するのは無理がある。
(こんなサンタクロースみたいな袋を担ぐのは目立ちすぎるからな。万が一にでも見咎められて中身を見られでもしたら、警察沙汰だぞ?)
少々場違いな思考を巡らせた匠は、アウロ議員と気絶させた門番二人を縛り上げて部屋の奥に隠し、周囲の状況確認に出向く。
幸いにして中央広場付近で多くの人々から、反乱軍の今後の動向を聞く事ができた。
「おい!スパルタクス様のご指示で北に向かうぞ!」
「市内、北にあるポポロ広場を占拠なさるそうだ」
「私達は故郷に帰れないの?」
「そんな事はないさ。なんでも、ポポロ広場から北に続くフラミニア街道を使ってアルプスを目指すらしい」
「俺は、東のレアティナ平原で戦闘中の帝国軍に背後から襲いかかる戦闘部隊に志願したぞ!」
「そうさ! 連中に一泡吹かせてからでないと故郷に帰るわけにはいかねぇ」
「それは名案だな。武器はあるのかい?」
「もちろんだとも! ここの野外炊事場で配ってるから取ってくるといい」
スパルタクスの演説で高揚した人々がぞろぞろと移動しながら、まくし立てるようにこれからの事を思い思いに話し合っていた。
匠がアウロ議員を連れて向かう先は、神具『真実の口』が納められているというウィクトール神殿である。
ウィクトール神殿ではパティアがパルテナス大使の特権を使い、神具の使用許可を得て待っているはずだ。
(パティアのいる神殿はここから北に数キロ。行列に紛れて移動するのはリスクが高いか。やはりここは、スパルタクス達をやり過ごしてからの方が無難だろう……)
議員の安全を確保するために武器を欲した匠は、話に聞いた野外炊事場へと足を運ぶ。
「赤毛のでっかい兄さん! あんた剣闘士だろ?」
炊事場には武器庫から接収された武器がずらりと並べられ、反乱軍の兵士が配っていた。
他所の訓練所の装備が気になり、純粋な好奇心をそそられて物色してみる。
グラディウス(直剣)、スパタ(長剣)、プギオ(短剣)、ピルム(投槍)といったクロネリア帝国の標準的な武器の他に、ブルトゥス訓練所では取り扱いの無いフランキスカ(投斧)などの殺傷力の高い斧類も揃えてあるようだった。
(ブルトゥス訓練所に斧が無いのは、ダモンさんやザビア訓練士長が剣闘を殺し合いではなく、試合として捉えた拘りなのかもしれないな……)
ここ、ウェスパシア訓練所は反対に、残虐性の高い武器や派手な物が多い。これでは試合の度に人死にがでてもおかしくはない。
同じ興行師でもブルトゥスとウェスパシアでは、商品である剣闘士の扱い方に天と地ほどの差がありそうだった。
興行師ダモンと若旦那のトリトス、二人に引き合わせてくれた、ゴズウェルとリヴィアスに改めて感謝の念を抱く。
(俺がスパルタクスの反乱に、あまり共感できないのは、転生者という事以上に、彼らが戦争奴隷だった俺をまともに扱って、人間らしく接してくれたからなんだろうな……
だからこそ、俺もそれを見習ってオドリーやティミドゥスを大切にしようとしている)
「ふむ…この鉈は勇猛で名を馳せるトラキアの…」
どうやら、俺が感傷的な思いに浸っている隙に、ヘリオンが身体を乗っ取って会話を始めてしまったらしい。
「トラキアの凶悪武器ロンパイアを知ってるなんて剣闘士の兄さん、素人じゃないね! 戦争経験者かい?」
ロンパイアと呼ばれたその武器は、全長2メートルもある巨大な薙刀のような造りで、刀身は長さ1メートルほど。しかもかなり幅広で刃が内側についている。
その武骨さは、剣というよりも鉈というほうが想像しやすいだろう。その武骨な刀身に1メートル程の木製の柄が付いている。
見ただけで重そうな両手武器であった。
「トラキア人の強さは私の故郷まで聞こえていたものだ。一度、手合わせしてみたいと思っていた」
「兄さんほどの巨体なら、ロンパイアを十分に使いこなせるだろう。持っていくかい?」
(ちょっ!ヘリオンさん!? アウロ議員を抱えていかないといけない事を忘れてないよね?)
「む……」
匠の心の叫びを聞き、頷きかけた首をピタリと止めたヘリオン。
どうやら初めて見た武器に夢中になって、状況を失念していたようだ。
「なんだい? ロンパイアじゃ不足かい?仕方ない、とっておきを出してやるよ」
興が乗ったのか、兵士がいかにも特別だぞ、という風に陳列していない武器を奥から持ち出してきた。
「これはだな、トラキアに近いダキアって地方の武器でファルクスと言う」
全長1.2メートルほどの緩い曲線を描くその剣は、ロンパイア同様に刃が内側に付いている。
両手持ちなのだろう、柄が長くできており拳二つ分しっかりと取ってあった。
特筆すべきは『一体成型』である事。
刃と柄が接合されていない一本の金属で出来ているのだ。
つまり、非常に重いのである。
手に取ればズシリと伝わるその重量。
一体成型故の安定感も魅力だ。
それを扱える筋力と体力があればだが……
「その顔は…気に入ったようだね」
「うむ」
「ファルクスはスパルタクス様も愛用されている剣だ。数が少ないから、使いこなせそうな者にしか渡すなと厳命されているんだが、兄さんなら問題ないだろう」
ファルクスを片手で持ち上げ、使い心地を試すように振ってみせるヘリオンを見て、兵士は満足げな表情を見せた。
「その剣で帝国兵をたくさん倒してくれよな!」
「うむ、任せておけ」
帝国兵と戦う予定はないんだが?
任されている場合ではないのに、すっかりご満悦のヘリオンに呆れる匠であった。
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次回は3月9日(月曜)です。
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