35話 スパルタクスの演説
「どうか忘れないで欲しい。
神は人間を平等に創ったという事を。
我々は牛馬に非ずして人なのだ。
我々を牛馬の如くに扱おうとする奴隷商人や貴族や国があるならば、剣を取り、牙を剥いて、嵐の如くに激しく思い知らせてやらねばならない。
我々は奴隷ではない、人間だ。
今こそ反逆の時!
繋がれた鎖を絶ち、立ち上がれ!
剣がなければ包丁を取れ。
包丁がなければ石を掴め。
石がなければ歯で噛みちぎれ!
我々は圧政者に屈しない。
共に立ち上がれ!
クロネリアに我々の安全な住処を作ろう。
懐かしい故郷へ帰ろう。
今こそ反逆の時!」
ウェスパシア訓練所中央広場の壇上でスパルタクスが熱弁を振るう。
スパルタクスの真に迫るその顔を、力強く語りかけるその声を、少しでも間近で聴こうと広場を埋め尽くす人々。
剣闘士を中心にして、家内奴隷、農業奴隷、牧者(羊飼い)、無産市民等、老若男女問わず虐げられてきた人々が熱のこもった視線を向け、真剣に話を聴いていた。
「そうだ、俺達は人間だ!」
「貴族共に鉄槌を!」
「今こそ反逆の時!」
スパルタクスの来訪を聞きつけ、帝都のそこかしこから彼らは集まった。
言いつけられた仕事を放り出し、主人のもとから逃げ出し、皆で牢を破り、どうしようもない現状を変えてくれる英雄の言葉を欲して命がけで集まった。
皆の掛け声と共に、雨上がりの分厚い雲から光が差し込んでスパルタクスを照らし出せば、否が応にも聴衆はスパルタクスを英雄とも神とも讃えずにはいられない。
群衆の心を操り味方につける為、オエノマウスからマジックスクロールを与えられたスパルタクスであったが彼は土壇場で自らの矜持に従い、使い道を変える事にした。
それは、誰もを魔法の力で無差別に誘惑して味方にしようとしたオエノマウスの謀略に対するちょっとした意地のようなもの。
オエノマウスが以前から時折、スパルタクスの演説中にマジックスクロールを使っているのはなんとなく知っていた。
祝詞を聞いた者達が皆、目の色を変えて命を惜しまぬ狂信者となるのを目の当たりにすれば、その効果も想像がついた。
帝都に入った時点で、ここが自らの死に場所になるかもしれないと悟ったスパルタクスは思う。
(魔法で人の考えを歪めて操るのでは、新たな奴隷を生み出しているのと変わらないではないか!
オエノマウスのやり方に従うつもりはない。
急ぎ帝都で反乱を起こし、クラッススの本隊を救わねばならないが、彼らの自由意志で賛同してもらわなくては、奴隷解放の大義名分に意味などありはしない!)
雨に打たれ、ブルトゥス訓練所で門前払いを受けた時、スパルタクスはスクロールを睨みつけて、こうも考えた。
(俺の話をなぜ聞いてくれない。聞くだけでいいのだ。俺は魔法でお前達を操ったりなどしないのに……魔法……そうか。
魔法の力で人を集めるのはどうだろう。もしくは、帝都に俺がいるという事を皆に知らせる事ができれば―――)
勝利と武勇を司る竜ケイオスの鱗が縫い止められているというスクロールを手に、オエノマウスから教えられた文言を唱える。
「ansuz」
これは古代ルーン語で、口、言葉、伝達を意味する言葉。
スパルタクスの言葉に反応してスクロールに記された祝詞が七色の光りを発し、縫い留められたケイオスの鱗へと光が収束していく。
彼は意を決して、事前に教わっていた「fascinare」(ファシナレ、魅了するの意)の代わりに「rumor」(ルーモル、噂の意)と唱えた。
反乱軍には老人も多い。
古代クロネリア語を解する年寄りの占い師から魔術の手ほどきを受けた事に感謝し、改変した魔法を発動させる。
「この地にあまねく君臨せし偉大な大神よ、勝利と武勇を司る古の竜の長兄ケイオスよ!
人で在りながら、人に従属するを強要された者達に、我が怒りの声を届ける力を我に与え給え!
勝利と武勇の巫女マルスより賜りし、この請願書を持って、請い、願い立て奉らん」
スパルタクスが祝詞を唱え終えた瞬間、ケイオスの鱗に集められた光が放たれ、世界を七色に染め上げる。
そこは時の停まった何も無い世界。
唖然とするスパルタクスだったが、数瞬の後にオエノマウスの教えを思い出す。
そうだ、水瓶を思い浮かべるのだったな。
剣奴として買われる以前、鉱山奴隷として働かされていた時代に牢の中で奪い合った水瓶を思い浮かべると、まさに想像した通りの水瓶が眼前に出現した。
(こんな物を命がけで奪い合っていたのか…我が事ながら哀れな……)
懐かしくも辛い過去を刺激されたスパルタクスをよそに何もない空間からスルスルと鉄の鎖が編まれ、瞬く間に水瓶に巻き付いて、いつの間にか蓋がされるといかにも堅牢そうな錠で施錠されてしまった。
錠を見るや激昂するスパルタクス。
「今となっても俺から権利を奪う……この水は俺の物だ!!」
顔色を変えて怒鳴るスパルタクスに日頃の冷静さは無い。
水瓶にかけられた鎖を力任せに引き千切ろうと渾身の力を込め……
「鎖など……錠など! 俺を縛るものを、許しはしない!!」
ギチギチと悲鳴を上げる鎖、血管を浮き立たせ顔を真っ赤にして吠えるスパルタクス。
その叫び声と共に、
ガチャリ。
と金属音を立てて錠が開いた。
鎖が解け、蓋が外される。
水瓶を覗くとそこには澄んだ清らかな水が湛えられていた。
水面に映しだされる疲れ切った自らの顔を、スパルタクスは苦悶の面持ちで眺めていたのだった。
「rumor!」
呪文を唱えると手に持っていたスクロールは焼けたように無数の穴が空き、光の余韻を残して消え去る。
そして同時にスパルタクスは直感で理解する。
今から語る言葉が、望んだ者達の耳に間違いなく 届く事を。
「我が名はスパルタクス。クロネリア市で牛馬のように扱われ、傷ついた同胞達よ。
我々を軽んじる奴隷商人や貴族達に思い知らせてやろうではないか!
私と共に剣を取る者がいるならば、どうか今すぐにウェスパシア訓練所に集ってほしい。
共にクロネリアに我々の安全な住処を作ろう。
共に懐かしい故郷へ帰ろう。
今こそ反逆の時!」
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は3月4日(水曜)です。
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