33話 キュクロとカサンドラ
ブルトゥス訓練所内にあってなお、さらに分厚い石塀と頑健な鉄の門で守られた一角。
鍛冶師長キュクロが取り仕切る専属鍛冶工房。
上等な蜂蜜酒を手土産にして、カサンドラは家族のように大切にしている白虎ティグレーヌを連れて鍛冶師長キュクロの元へ足を運ぶ。
親方のキュクロと三人の弟子である、アルゲ、ステロ、ブロンは鍛冶技術に秀でた少数種族『ドワーフ』だ。
北欧地域と呼ばれるガルタニア、ガリアに帝国が侵攻した際、秘匿されていた高度な精錬技術と建築技術を差し出す代わりに、帝国の庇護を約束された一族であった。
ちなみに一番弟子のアルゲは社交的で接客上手、ステロは寡黙な職人肌、ブロンは真面目だがおっちょこちょいと三者三様なのだが、全員似たようなヒゲで顔が隠れているので見分けるのは難しい。
「カサンドラお嬢! 雨の中よくおいでくださいました。親方なら奥に」
「しけた雨だね、アルゲは元気にしてたかい?」
「相変わらず親方にげんこを食らう毎日で」
ヒゲ面がモゾモゾ動いているが、おそらくはヘヘッと愛想笑いでもしたのだろう。
「ダモンの旦那から訓練所を半年も閉めるって聞いたけど、あんたらは休まないのか?」
「それが、ザビア訓練士長から所内の全ての武器を整備して欲しいと依頼がありまして……」
「神経質なザビアが言い出しそうな事だ。苦労するね」
「いやぁ、暇をだされるよりはよっぽど……」
ヒゲ面をモゾモゾさせて、アルゲがヘヘッと笑うのがわかった。
アルゲの話のとおり、工房内には訓練所から集められた剣という剣が山のように並べられており、ステロが黙々と剣を研ぎ、ブロンが一度にたくさんの剣を運ぼうとしてよろめいていた。
「おう! カサンドラの嬢ちゃんにティグレーヌも一緒か、久しぶりだなぁ、ティグレーヌ」
工房の奥、鍛冶師長専用の作業台で斧頭の刃を睨みつけるように確認していたキュクロだったが、
二人を見つけると、まるで孫の来訪を喜ぶ祖父のように顔をくしゃくしゃにして歓迎した。
分厚くゴツゴツした手でティグレーヌの頭を無造作にわしわしと撫でつける。
ティグレーヌは少しだけ迷惑そうな顔をするが、おとなしくキュクロに頭を差し出し、気持ちよさそうにされるがままだ。
人を傷つける事ができなくなってしまったカサンドラが、リヴィアスの強い推薦によりブルトゥス訓練所に引き取られた当初、彼女はトリトスにもダモンにも馴染めず、人間相手ではまともに試合もできず、ザビア訓練士長からも匙を投げられる始末。
訓練所内で完全に浮いてしまい、扱いに困る存在となっていた。
そんな彼女がある時、珍しい野獣として連れてこられたティグレーヌを見かけ、その美しさに心を奪われた。
何事にも無軌道だった彼女が野獣地区に足繁く通い、ティグレーヌを眺めては世話を焼きたがる様子を、隣接する工房から眺めていたキュクロは、カサンドラに野獣闘士として生きる道を教え、ティグレーヌを買い取れるよう手配したのである。
故郷から無理矢理に連れてこられ、訓練所を我が家とする事の出来なかったカサンドラだったが、口の悪いヒゲ面の不器用な優しさには心を動かされた。
いつしか、カサンドラとティグレーヌは工房の端から、キュクロと弟子達がせかせかと働くさまをぼんやり眺めて過ごすようになり、時には緊張が解けてそのまま寝息を立てるような姿も散見されるようになっていった……
カサンドラが、ウトウトと目を覚ませば、そこにはティグレーヌとカサンドラ用に水と残りものの食事が遠慮がちに置いてある。
ごちゃごちゃと話しかけるでなく、邪険にされるでもなく。
『なにかのついで』くらいの、実家で過ごすような気遣いがカサンドラには温かくて離れがたいものになっていた。
相変わらず無口で愛想のないカサンドラではあったが試合で稼いだ翌日は必ず、キュクロの好物である蜂蜜酒を片手に鍛冶工房に顔を見せるのが恒例なのだ。
「嬢ちゃんがこいつを差し入れてくれるって事は試合があったか? それとも新しい武器でも作るのか?」
傍らの蜂蜜酒にチラチラと視線を送りながら用件を尋ねるキュクロ。
そんな彼の仕草を見ると一緒に杯を煽りたくなるカサンドラではあったのだが……
「どっちでもないよ。あんたらの『路』を使わせてもらいたくて来た」
「おいおい、ついに嫌気が差して出ていこうってのか?」
訝しげな表情でカサンドラを見つめるキュクロの瞳は気遣わしげに揺れている。
憎まれ口を叩いてはいるが心配してくれているのだ。
「――そうでもない。街歩きに行くだけなんだが、どうもこの訓練所は、『訓練された連中』に取り囲まれているみたいでさ」
「大雨の中、どこぞの軍隊に取り囲まれての買い物とは豪気な事だな。ふんっ、まぁいい。ブロン! ちょっと来い」
キュクロは弟子のブロンを呼びつけ、肩をぐるりと回しながら雨で濡れる中庭へと進む。
中庭の中央に設置されている、巨大な石を切り出して作ったテーブルにブロンと共に手をかけ、
「せえのでいくぞ」
「へい親方!」
「せえの!」
ズズッ、ズズズ――――
二人のドワーフが筋肉を盛り上げて自身の数倍はあろうかという石のテーブルを押し動かすと、地面にポッカリと口を開けた坑道が姿を現した。
「で、どこに行きたいんだ?」
「東のコリーナ門の近くまで行けると助かる」
ふむと腕組みをしたキュクロは少し考えて口を開く。
「そうか……だったら分かれ道を二回右に行け。そうすりゃ門の手前あたりにある林にでられるだろう。光る苔を貼ってあるから灯りはいらねぇ」
「キュクロ、すまないがティグレーヌの事を頼む」
「なに、こいつはうちの番犬みたいなもんだ。心配しなくても面倒みてやる……お前もだぞ。お前はうちの娘だ。必ず帰ってこい」
最後の方は恥ずかしかったのか、キュクロにしては珍しく小さな声でモゴモゴと呟いたのだが……カサンドラにはしっかりと届いたようだ。
「あぁ……ここが私の家だ。きっと帰る」
カサンドラは言葉少なにキュクロに笑いかけ、ティグレーヌの頭を愛おしそうに何度か撫でつけると、振り返ることなく薄暗い坑道へと足を踏み出したのだった。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は2月27日(金曜)です。
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