31話 コルネリウス将軍の采配
「急報! 帝都東コリーナ門にて魔獣の攻撃に苦慮! 門扉の破損著しく、援軍の要請あり!」
「急報! 帝都南カペーナ門にて賊の侵入を許したとの由! 騎馬を中心にその数、三十!」
マルス広場に設けた指揮所に続々と届けられる報告は、どれも援軍を求める悲痛な叫びに満ちている。
「コルネリウス将軍閣下、予備兵力400だけではどうにも……」
傍らで今にも泣きそうな顔で若い副官が悲痛な声を上げた。
「副官、部下が我々のような上位者、指揮官に求めるものは何か解るかな?」
「え? そ、そうですね……問題の解決策と適切な判断力……でしょうか」
それは今、彼が欲している物だろうなと心底で苦笑すると、コルネリウスは学生に諭す教師か牧師のように朗らかに答えた。
「現場で求められる指揮官の態度、それは『落ち着き』だよ。解決策なんて無くてもいいのさ、判断だってひとまず保留でいい。
真摯な態度でうむうむと頷いてやれば、部下は安心できるものさ」
「それでは詐欺漢と変わらないのでは……」
「うまい事を言うなぁ。詐欺漢か、確かに変わらないかもしれない。部下を騙して死地に突っ込ませるわけだから」
アハハと呑気に笑う上司を訝しげに睨みつけてみるが、詐欺漢だの昼行燈だのと揶揄されてもどこ吹く風のコルネリウス将軍である。
「だがな、詐欺漢にだって意地はあるのさ。大切な部下のために、嘘を本当にしてやろうじゃないか」
四十男のウィンクを見せつけてコルネリウスは立ち上がり、貧相な体躯からは想像もできない大きな声で指示を下す。
「コルグロ百人隊長!」
「はっ!」
「民兵の招集は済んでいるか?」
「はっ!市内十四の地区から健康な退役軍人を中心に各100名ずつ志願者のみで構成。計1400名が待機しております」
「1200名の兵が2600名になったな。コルグロ、君の見立てでは、彼らは独立して警らの任をこなせそうかい?」
「副官を付けてやれば……中隊(200名)単位までであれば問題なく使えるでしょうな。爺様方、やる気満々ですわ」
「よろしい。では民兵を七個中隊として編成し、各隊にはうちから副官と斥候をつけるように。任務は市内の治安維持、巡回警備とする」
「御意!」
「閣下、武器が少々不足しております。帝国の武器倉を開けても?」
「無論だ。皇帝陛下より下された帝都防衛は我が任であり、多大な戦果を期待するとの詔勅を受けている。
なれば、あらゆる手段を講じるのは当然の責務。忠実なる帝国民義勇兵の諸兄には帝国軍の武器倉を解放し、万全の装備を整えよ!」
「御意!」
「閣下、軍の武器倉を民兵に解放するなど前例がありません。インペリウム(全軍指揮権)の許可を取るべきでは……」
「副官、戦場においては臨機応変が肝要だよ。私は陛下の詔勅に従い、万難を排して任に当たるのみだ」
「副官殿、コルネリウス閣下に大義名分を与えた事を、クラッススの野郎と陛下にたっぷり思い知らせてやりましょうや」
「百人隊長? 貴方は何を言って……」
「ささ、副官殿も腹を括って民兵を鼓舞しに参りましょう」
コルグロ百人隊長は副官の背中をバシバシと叩き、まるで馬でも追い立てるように陣幕を後にした。
「さて、これでようやく予備兵力400を動かせるな。待たせたね。クアレス君、詳細な状況報告を」
末席で目立たぬように控えていたクアレスに声をかけると、あまり気乗りしない様子でコルネリウスに近寄ってくる。
「どうした? せっかく麗しの古巣に戻ってきたというのに難しい顔をして。コルグロとは長い付き合いだろ?」
「あ、いえ……コルグロ隊長はともかく、小うるさそうなのが入ってきたなと」
「あぁ、副官の彼か。少々杓子定規だが文官上がりというのはそういうものだよ。私と一年も過ごせば、頭が柔らかくなって立派な現場人間になれるさ」
(もしくは胃をやられて入院するか、逃げるように異動を願いでるのだろうなぁ……)
現場のためならどんな指令書も、斜め上の解釈で欲しい物を引き出してしまうコルネリウス将軍は、戦地において『防衛の才人』『守護神』等と味方から崇拝されているが―――
(その後処理を任される文官は、長く続いた試しがない)
悪びれない上官の軽口をスルーして、淡々と報告を始めるクアレス。
コルネリウスのペースに巻き込まれないようにするには、こちらもマイペースを守るのが肝要なのだ。
「先ほどの急報ですが、カペーナ門に侵入した賊は騎馬で70以上。不審な荷馬車が一台先行しています」
「さすがだ。その荷馬車は盾役か? それとも最近発明された『爆発物』という奴かな」
「それも考えられますが、上空から観察した限りではどうやら指揮を執っているように見えました」
「なんと……まさかスパルタクス本人か?」
「どうでしょう、そこまではなんとも……」
「ふむ、では予備兵力の一個中隊200名をそちらにまわすとしよう」
「東側のコリーナ門が魔獣に襲われ、危機的状況にあるのは事実です。よろしいので?」
「魔獣相手ではいかにコルグロ百人隊長を当てても大きな被害がでるだろう」
「それはそうですが……洒落になりませんよ」
クアレスの戸惑いをよそにコルネリウスは一枚の羊皮紙を手に取り、ペラペラと振ってみせる。
「これはね、インペリウムを持つ帝国軍最高軍事責任者クラウディ公直筆の詫び状だよ」
「指令書ではなく詫び状ですか?」
「そう、帝都防衛の責任だけ押し付けて、クルッスス将軍に兵を全部持っていかれてしまった事への詫び状さ」
雲上人の詫び状などという物はそうそうお目にかかれるものではない。
巨大な帝国において皇帝に次ぐ権力者に貸しを作ったとなれば、それは数十万セステリウス以上の価値があるのだろうが―――
(今欲しいのは未来の黄金ではなく実際の兵力だ。そもそもコルネリウス閣下は筋金入りのリアリスト。
そのような物を喜ぶ手合いとも思えないが……)
「難しい顔をするなクアレス。この詫び状のなにが素晴らしいって、文末のこれだよ。読んで聞かせよう」
コホンと咳払いを一つして、コルネリウスは芝居がかった口調でクラウディ公からの詫び状を読み上げる。
「―――貴殿は百の謝罪よりも、実存の鋭い剣を所望されている事と思う。故に現在帝都における最強の剣『イデアの勇者』を東門に向かわせる旨をお伝え致し候。
ついては東門を強襲せし、魔獣の対処は遅滞戦闘に留め、無用の消耗を避けるようご助言申し上げ候……というわけだ」
「イデアの勇者……」
(これはリヴィアス様とゴズウェル様が集め、育ててきた者達の事だ……まさか、ヘリオン殿?)
「神話級の超人だけが冠されるという『イデアの勇者』私が戦地で耳にした事があるのは大将軍ゴズウェル閣下くらいのものだ。
それだって、一人で敵城を陥落させたとか、船から船へ飛び移って船団を沈めたなんていう与太話の類だがね。
こんな言葉を公が文章に残されるという事は……何事も数字で考える野暮な私にはわからん世界だが、せいぜい期待させてもらおうじゃないか」
【お知らせ】
2月13日(金)から2月22(日)までの10日間、17時30分に毎日投稿中です。
スケジュール
19木曜:うちの姉ちゃん〜『蜻蛉切』編
20金曜:武器物語31話
21土曜:うちの姉ちゃん〜猫の日前日譚
22日曜:武器物語・特別短編
22日の『特別短編』は、劇場版エピソード0という趣きの作品で、本作の見え方がガラリと変わる重要な物語となっています。
ぜひ、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
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