24話 番兵ティミドゥス
クロネリア帝都中心地フォラ・インペラトラム地区。帝国の行政機関が集まるその地区の中央広場の名を『トルネウス市場』という。
先代である第十二代皇帝トルネウスの名を冠したその市場は人類史上初のショッピングモールであり、経済活動の中心地として栄華を誇っていた。
そんなトルネウス市場から二つほど脇道に入った通り。少々地味で華やかさに欠けるものの、地元民愛用の商店街がある。
その商店街の一角。値段も良心的、わりかし客層穏やかで居心地の良い食事処、その名を『雷鳴亭』という。
かの剣闘士ヘリオンが魔獣と対峙した際に、雷を呼び魔獣を撃退したという逸話から名付けられた。
ちなみに雷鳴亭名物『うな丼』は剣闘士ヘリオン監修による人気メニューである。
雷鳴亭の二階にヘリオンとカルギスの一家は居を構えていた。
彼らを知らぬ者は、ここには一人としていない。
五連戦という偉業を成し、奴隷から市民となった英雄の剣闘士ヘリオン。
ヘリオンの親友にして、親バカで面倒見のいい巨漢のカルギス。
彼の息子、ニウスは身体が弱く病気がちだが、父親の愛情を一身に受ける心根の優しい少年だ。
二家の家政を預かる側仕えのマンティは気さくで礼節ある才女。
ヘリオンの側仕えオドリーは、幼いながらも容姿端麗で商店街の人気者。主人ヘリオンによってマナー講座から家庭教師まで付けられて、箱入り娘と呼んで差し支えないほど大切にされている。
オドリーの頭の上がお気に入りの小さな黒いトカゲ、おはぎも大切な家族の一員である。
五人と一匹、少々目立つが仲睦まじい、この一家に最近新たな面子が加わった。
長さが二尺(60.9センチ)はあろうかという刃のついた槍。大身槍と呼ばれるその異様な槍を誇らしげに何度も見上げる青年。
ピカピカのロリカ・セグメンタタ(板札鎧)は、着ているというよりも着られているというのが正しいだろう。
主人ヘリオンから賜った槍と鎧を嬉しそうに眺めては、ニマニマと目尻が下がり、気を引き締めようとキリッとしてを繰り返している。
彼の名はティミドゥス。
インスラの二階を守る番兵としてヘリオンに仕える事となった。
ヘリオン一家(主にオドリー)とカルギス一家の安全を守るのが彼の主な役割なのだが……
朝五時に起床してインスラの周囲を掃除がてら見回りを行い、六時になると眠たげに目を擦らせながらオドリーが起床。彼女がごそごそと朝食の用意を始める。
程なくして主人であるヘリオンが起床。
オドリーがヘリオンの着替え等、身の回りの手伝いを甲斐甲斐しく行った後、三人と一匹もしくは隣家のカルギス家と共に朝食を供される。
帝国の一般的な常識でいえば、奴隷は主人の前で食事など取らないのだが、この家では主人ヘリオンの意向により食事の席を共にする。
あまつさえメニューまで同じという、とんでもない好待遇にティミドゥスは戸惑いさえ覚えた。
日中は隣家の側仕えマンティさんの下でオドリーと共に礼儀作法や一般教養を教わり、お昼にはそこにニウスも加わって、四人で和やかに昼食。
休憩を挟んでオドリーの買い物に付き合い、引き続き勉強に稽古と、ティミドゥスは新たな主人から随分と平和な時間を与えられているのであった。
ティミドゥスはブルトゥス訓練所に買われる以前は、鉱山奴隷として過酷な少年時代を過ごしてきた。
動けなくなるまで岩山を砕き、砕いた岩を集めてはそれを延々と運び続ける。
動きを止めれば鞭で叩かれ、与えられる水と食事はほんの一握り。
大勢の鉱山奴隷と共に牢でざこ寝をして過ごす日々。
一日でも早い死を、生と死を司る竜バースに願うような毎日であった。
そんなティミドゥスだったからこそ、ヘリオンから奴隷売買契約書を提示されると共に与えられた、自分用の大身槍とピカピカの鎧を見て、目が飛び出るほど驚いた。
「お、俺がこんなに幸せになって……いいのですか?」
「もちろんだティミドゥス。これから君は、俺とオドリーの家族になるんだ」
主人であるヘリオンは、そう言ってどこか遠くを見るようにして目を細めた。
まるで、どこか遠くに置いてきた家族を思うようにして―――
生まれて初めて自身に投げかけられる、家族という言葉の温かみに耐えかねて、ティミドゥスは瞳から溢れ出す涙を止める事が出来ずに、肩を震わせ続けるしかなかった。
(ヘリオン様には感謝しても返しきれないご恩を頂いているんだ。せめて与えられた仕事くらいはきっちりこなしてみせるぞ!)
フンスッと鼻息を荒げて真剣に番をするティミドゥスを、オドリーの頭の上からおはぎがペロリと舌を出して眺めていた。
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