09話 カルギスの盾
ガギィ!バキバキッ…
振り下ろされたグラディウスが盾に食い込み、かつて盾だった木片をあたりに散らす。
三度四度とこちらの盾を着実に破壊していく。
なぶるように、追い詰めるように。
今度の相手は明らかに格上、ベテランだ。
どうやら俺は前回の試合で本格的に興行師の怒りを買ってしまったらしい。
「さぁ、みなさんご注目!前座戦で彼の戦いを見られるのは幸運ですよ!トリーギンター(ラテン語で30の意)の称号を持つ30人殺しの英雄、アンクラウス!」
湧き上がる歓声、女達の黄色い声。
「アンクラウス!アンクラウス!」
会場は一体感を見せ、アンクラウスコールに包まれる。
「剣闘は元来、混沌と争い、そして勝利を司る者にして7種7体の竜の長兄ケイオス様への生贄という面がございました」
対面の柵が上がり、アンクラウスが闘技場へと足を踏み入れる。
大きなトサカのついた豪奢な兜、心臓を守る胸当ては磨き抜かれた鉄製で、7つ首のヒドラが彫られている。これがケイオスだろうか。
右腕には鎖帷子状の小手が肩から伸びている。今までの相手とは明らかに装備の質が違うと一目でわかった。
背中には二本の投擲槍が十字にくくりつけてあり、左手には少し小ぶりな長方形の盾、右手には直刀の剣グラディウスを装備している。
登場したアンクラウスが会場をゆっくりと見渡し、グラディウスをかざして歓声に応えれば、歓喜した観客の足踏みが地面を震わせた。
「混沌の竜ケイオス様のお怒りを鎮めるため、時には歴史を重んじ、生贄の剣闘を始めましょう!」
これは、あれだな。
フェアな勝負じゃない事への先回りした言い訳だ。
「開演!」
俺のパフォーマンスを抜きにして、スルスルと眼前の柵が引き上げられていく。
あからさまな演出に辟易してしまう。
こちらの装備はというと、チュニックに簡素な金属製の小手とすね当て。
武器には標準的なグラディウスを選んだ。
長槍のリーチは魅力だが、今回は盾を主軸にした展開を考えているので取り回しを優先した結果である。
そして盾は、少し大きめの円形の盾を選んだ。いくつかの盾を試しに持ち、体担当のヘリオンの感触を確かめた。
どうやら円形の盾がお気に入りらしい。
中央には大きな鉄の鋲が入り、持ち手をしっかり守ってくれそうだ。
合板でできた本体は軽くしなり、縁は金属で補強され、前面は派手な塗装で継ぎ目がわからなくしてある。
持ち手側に短剣が収納できるようになっていたので補助武器兼、盾の耐久力をあげる意味で短剣を挿しておいた。
さて、今回はカルギスの助言が鍵だ。
彼が教えてくれた盾術をしっかりと実践して生き残ってやるぞ!
会社が中途採用を求める時に経験者よりも初心者を取りたがるのは変なクセがなく、教わった基本を忠実に守ろうとするからだ。
結果、初心者のほうがトラブルが少ない。
俺も盾の初心者。基本を忠実に!本日もご安全に!
アンクラウスは武器をジャベリンへと持ち替え、シュッシュッと牽制した後、バックステップで距離を取る。
素早い動作でグワッと振りかぶりジャベリンを投擲してきた!
「いいか、投げ槍の目的の第一は殺傷ではない。盾を破壊、もしくは破棄させる事にある。
だからな、槍が飛んで来たら正面で受けるな。あれは構造上、貫通すると抜けず、邪魔になる」
カルギスが教えてくれた盾の講釈が脳裏をよぎる。
正面で受けるな、正面で受けるな!
盾を肩に引き寄せ、ジャベリンが自分の外側に跳ね返るようなイメージで調整する。
ボールを反射させるブロック崩しのゲーム!あのイメージで!
ギンッ!
軽い衝撃と共に、ジャベリンが自分の左足元の地面に突き刺さる。どうやら盾の中央にある鋲で弾いたらしい。
ヘリオンさんハイスペックすぎです!
「これを受けずに弾くかよ…」
アンクラウスは一瞬、動揺を見せたが即座にグラディウスを抜き放ち突進してくる。
あちらも反応が早い!
俺はそれに対応して、右に回り込むように動く。
相手は盾が前に出て死角が増え、剣のリーチもだいぶ短くなるからだ。
勢いを削がれ、苛ついたアンクラウスの横薙ぎをギリギリで交わす。チャンスだ!
横薙ぎの姿勢で伸びた腕と右肩。そこに狙いを付け、踏み込み、上からグラディウスを振り下ろす!
スカッ
「あれ?」は、はずしたー!
最高の好機に気合いの一撃。
そんな大事な場面でグラディウスは空を斬った。
固唾を飲み、見守っていた観客達もぽかんと口を開けて、放心していた。
天を仰いでいる者もいる。
「おい、あいつ!この前の農夫じゃないか?」
「おぉ、ギガスじゃねぇか!俺のお気に入りだ」
「へたくそー、もっとよく狙え」
危ない、危ない。
まさか当て損ねるとは…剣を振って当てるのは結構難しいのだ。まさかヘリオンが外すとは想定外だったが誰にでも失敗はある。
切り替えていこう!
ピンチを脱したにも関わらず、観客の注目を取られたアンクラウスは歯ぎしりをして、こちらを睨みつけている。
場の空気は多少こちらに傾いたものの、本気になったアンクラウスの地力は圧巻の一言。
俺が剣を苦手なのを察して、剣を打ち合わせては盾の破壊に重点を置く。
数合の打ち合いの後には俺の盾は半壊し、二回り以上小さくなっていた。
ガチムチな男共ばかり登場する泥臭い作品にも関わらず、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
美少女剣士とか登場させられなくて本当に申し訳ありません!もう少しお待ちいただければ女の子もちゃんと登場しますので、我慢強くお付き合いいただけると助かります。
お読みいただいた全ての皆様に感謝!