17話 動物会議
人も獣も寝静まる夜半、中天に浮かぶ満月を囲むように幻想的な光の輪がかかっている。
月暈と呼ばれ、古来より吉兆と呼ばれる現象だ。
西はテヴェレ川の清流に囲まれ、東はカンピドリオの丘に囲まれた、クロネリア市内マルティウス地区にそびえ立つパンテオン神殿。
歴史あるこの神殿は、初代クロネリア皇帝の側近アグリッパによって建てられ、大神と共に7体全ての竜が祀られている。
神殿の登頂部に白い大きな梟が音もなく降り立ち、ぐるりと回る頭を動かして周囲を見渡すと、ホウホウと鳴いた。
この梟に似た生き物こそ、長兄ケイオスを除く六体の竜をまとめる竜の長。七竜の次男、時と空間を司る古竜レガシーである。
レガシーの鳴き声と共にテヴェレ川の水面がゆらりと動き、水面から小さな鯱が顔を覗かせる。
鯱はキューンと愛らしい鳴き声を上げてみせた。
彼女は水と氷を司る古竜ウォーターという。
七竜の三女にして慈愛に満ちた温厚な性格で、人々に様々な恩恵を与えてきた。
三女らしく多少抜けたところがあり、たまに尾びれを強く叩いてしまい、思わぬ大水を起こしてしまうのは愛嬌だ。
続いて、神殿の門前に灯されている篝火がゆらりと揺れて小さな炎が飛び出すと、それはみるみる内に2メートル近くの業火へと膨れ上がり、その炎が獅子の形となった。
彼は火と風を司る古竜ファイア。
七竜の四男であるファイアは激しい気性の持ち主で好戦的だが、その勇猛さは畏敬の念でもって尊崇されている。
火事が起きぬようにと、彼のまじないは炊事場の女達からも人気が高い。
梟のレガシーがコホンと咳払いをして口を開く。
「今日、お前達に集まってもらったのは他でもない。ケイオス兄者とアースの事よ」
炎のたてがみを揺らして獅子のファイアがグルルと唸った。
「アース姉上はやはり来られぬのか…⋯人間共の殺し合いで、大地が血で汚れてしまったからであろうよ。いっそ我が、剣を握っている者ども全てを炭に変えてやろうか!」
「ファイアよ、慎みなさいな。大神は人も魚も仲良うせよと仰せですよ」
キュイっと鯱のウォーターが荒ぶる末弟をたしなめた。
「皆が円満に楽しみ、繁栄を築く事こそが大神の願い。巫女のメルクリウスを通して再三伝えてきたのだがな…再び地上に争いが起きたために、ケイオス兄者が力を取り戻し始めておる」
「兄者それはまことか!」
「あれ、なんという事!」
レガシーの報告にファイアとウォーターはよほど驚いたらしい。
ファイアは全身を総毛立たせてブスブスと黒い煙を立て、ウォーターはうっかりヒレを海面に打ちつけて大波を起こしてしまった。
「こんな時にバース姉様がいてくだされば⋯…」
「人が死にすぎたわ。魂の天秤の傾きを取るのにバースは忙殺されておる」
「姉上は忙しくなる度に世をはかなんで逃げ出す癖があるからな。詮無い事よ」
「これファイア、口が過ぎますよ。そこまで言うならば、そなたの勇者アルティウムと共にケイオス兄様を討てばよろしいでしょう」
少々、軽口が過ぎたようだ。
姉であるウォーターの不興を買い、手痛い反撃を受けたファイアはバツが悪そうに尾と耳を垂れた。
ブスブスと不完全燃焼を起こしながらファイアが言い訳を口にする。
「ケッ!あやつは最近、宗旨変えしたらしいのだ。以前は燃え盛る炎のように熱い男だったが、今は熾き火のようにくすぶっておる。かまってくれんのじゃ。つまらん!」
アルティウムは、勇者の教育を担うゴズウェルの一番弟子。その実力は抜きんでており、彼こそがケイオスを鎮める大任を務めるだろうと目されていた。
彼は、帝国の安寧を願うクラウディ公、そして時の巫女メルクリウスと轡を並べていたが、残念ながら反目してしまった。
「姉上こそ、空席となった勇者を探さんのか、戦争で亡くなったのだろう?」
話を振られたウォーターは、キューンと悲しげな声をあげた。
「我の巫女ネプテューヌと、その勇者は仲睦まじい兄妹。ネプテューヌの心の傷は、そう安安とは癒えますまい」
「総じて、こちらも力を蓄える必要がありそうだな。今しばらく、ケイオス兄の時の流れを抑えるしかないか―――
ファイアよ、アルティウムの真意を問い正し、勇者足り得るかを測れ。ウォーターよ、そなたはネプテューヌを安んじ、新たな勇者を選定せよ」
レガシーが命じるとガオッ、キュイッと少しだけ決まり悪げに二頭の古竜は返事をした。
ズズッ…ズズズズ…⋯ゴゴゴ…⋯⋯
……ゴゴゴゴゴッ
大地が激しく揺れ、周囲の木々や惰弱な建造物が悲鳴を上げる。
「これは!」
「アース姉様のお怒りはここまで…⋯」
ボコボコと急速に大地が盛り上がり、そこに木の根が絡まりあって、パンテオン神殿に劣らぬ巨大な蟒蛇を形作る。
七竜が次女、大地と植物を司る古竜アースだ。
平静であれば大きさを掌ほどの長さに抑え、頭に花の一つも飾りつけて現れるのだが―――
クハアアァ……と瘴気の吐息を撒き散らしてアースは悶え、苦しみを露わにする。
「あれほど争いを止めよ、土が腐るぞと話して聞かせたというに…⋯言うて分からぬなら、アルプスの山々を引き裂いてやろうか!
それとも黄金色に実をつけた畑を毒の沼地に変えてやろうか!」
グワッと牙をむき出し、天に咆哮するアース。
その咆哮は大地を幾度も揺さぶり、撒き散らされた瘴気は自身をも蝕んでいるらしい。
アースの身体は口元を中心に、所々が朽ちて腐りだしている。
「姉上、なんとおいたわしい…⋯」
「なにはともあれ、アースを鎮めなくては…⋯」
アースは豊穣を司る竜でもあり、彼女への貢物には酒が好まれる。
酒を集めねばなるまい。
レガシーは苦虫を噛み潰したように呟く。
この荒れようでは、果たして街中の酒を飲み干しても足りるかどうか……悩ましいものだ。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は1月21日(水曜)です。
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