16話 真実の口
クラッスス将軍のとんでもない話にドン引きしてしまったが、なにせ史実では反乱軍全員を磔にしたような奴なのだ。
驚く事はない。
それよりもこちらの主眼はリヴィアス逮捕の一件。
「ところで監察官、リヴィアスがどうなったかお分かりですか?こちらの方が気がかりです」
水を向けてみると、一息ついてクリニアスが姿勢を正した。
「そうだな、我々は反乱軍よりもリヴィアスの裁判に力を注ぐべきだ。こちらもいくつか動きがあったので説明しよう」
「まず、リヴィアスは現在自宅に軟禁されているが至って健康だ」
一同揃って安堵のため息を漏らす。
そうだよな。
政治生命はともかくとして、牢に繋がれたり鞭で打たれるような酷い事になっていなくて良かった。
「元老院は反乱軍を鎮圧後、彼を裁判にかける事で一致した」
真剣に話を聞いているパティアの顔から血の気が引いている。
リヴィアスは友人であり、彼女のパトロヌス(保護者)なのだ。焦る気持ちは良くわかる。
彼女をささえる為にも、ここは俺がしっかりと状況把握に努めよう。
「裁判ですか⋯…罪状というか、容疑はなんなのです?」
意外だ、という面持ちでクリニアスがヘリオンの顔を覗く。
「いや、すまない。剣闘士の君が裁判というものを理解しているとは少々驚きだった。君が市民権を得た時だったか、リヴィアスからヘリオン君が高い見識の持ち主だとは聞いていたが…⋯」
現代日本の義務教育に感謝だ。
古代人から見たら、学者も貴族も真っ青の教育要領だと思う。
「続けよう。リヴィアスの容疑は反乱の扇動だ。此度の反乱の発端であるコピルで、彼が帝国への反乱を蜂起させるような演説を複数の者が見たという証言が取れている」
「リヴィアス様がそのような事をなさるはずがありません!」
パティアが勢い込んで否定する。
リヴィアスの口が上手いのは確かだが、彼は絶対にそんな事をしないだろう。
やり口が泥臭くて彼らしくないし、なによりクラウディ公、ゴズウェルと共に戦争を止めようと必死に動いている側なのだから。
「私も彼とは付き合いが長いからな。これは彼のやり方ではないだろう」
「では誰が⋯…」
「証言をしたのはアウロ議員。そしてシディウス伯が背後にいる事がわかっている」
「その口ぶりだと、クリニアス監察官もこの裁判に関わるのですか?」
チッと舌打ちを漏らして渋面を浮かべるクリニアス。
どうやら、よほど思い出したくないらしい…⋯
「クロネリア帝国の裁判では法務官が裁き、監察官が罪人の尋問と擁護を行う」
ふむふむ、これは裁判官と検事と弁護士の事だな。
監察官は検事と弁護士の両方を務めるのか。
前世で裁判を題材にした推理アドベンチャーゲームをやっておいてよかった。
「異議あり!」という奴だ。
「私も監察官としてリヴィアスの裁判を担当する事になっている。尋問側としてだが」
――――え?なんて?
つまり、敵側という事か?
「クリニアス監察官?!」
これにはクアレスも驚き、即座に身構えて敵意を向ける。パティアも凍てつくような冷たい視線をクリニアスに投げかけた。
「そんな目で私を睨むな」
今にも飛びかかりそうなクアレスに、クリニアスは心外だとばかりにシッシッと手を払う仕草で応戦する。
「私も必死だったのだ。元老院の壇上でリヴィアスの命を一瞬でも永らえさせるにはこの道しかなかった…⋯」
苦渋の決断だったのだろう。
クリニアスの渋面も極まっている。
「尋問側でリヴィアスの無実を晴らしていただけるという事ですか?」
納得しきれないがクリニアスが味方なのは間違いない。
パティアとクアレスの視線が辛いのだろう。
建設的な会話を続けようとする俺に、助かったと言わんばかりの弱々しい笑顔を見せた。
「その通り。リヴィアスは私にとっても大切な戦友なんだ。できる限りの事はする」
話を変えて掘り進めよう。
「リヴィアスの演説を見た者が複数いると言いましたね?」
「ああ、アウロ議員の言だけではいかにも訝しい、そこで私も近隣の知人に連絡を取って調べてもらったのだが―――」
アウロ議員と直接の面識はないがウェスパシア訓練所を使って、アンクラウス、人狼のライカ、巨大ロブスターをけしかけて来たのが奴だ。
リヴィアスを嵌めるために言いがかりをつけるくらいはするだろう。
「残念ながら事実のようだ」
むむむ…⋯
リヴィアスが演説をしていたのは本当か。
「誰かが変装していたのでは?」
要点が見えてきたところでクアレスが会話に加わる。
「私が調査を頼んだ知人はリヴィアスとも交流のある貴族だ。ちょっとした変装や名を騙る程度ならば見抜いただろう」
「では、魔術が使われた可能性はありませんか?」
魔術や神秘の分野に秀でたパルテナス大使らしい疑念を口にしたのはパティアだ。
「大使、そちらについて私は門外漢だ。姿形や声を他人に変える、もしくは信じさせるような魔術をご存知でしょうか?」
クリニアスの反問にパティアは頬に手をやり、少し首を傾げる。
そんな仕草が童女のようで愛らしい。
「そうですね。姿形を変えるのであればウォーター様の水の魔法、声を変えるのであればファイア様の風の魔法が使えるでしょう」
そこまで言うとパティアは一息いれ、神妙な面持ちとなって言葉を続けた。
「聴衆を欺くのであれば…⋯ケイオス様の混沌の魔法という事もあるかもしれません」
「大使、失礼ですがケイオス様は、サンダー様とホラティウス様によって封印され、混沌の魔法も力を失ったとリヴィアス様より窺っておりますが…⋯」
リヴィアスの護衛を務めていたクアレスはかなり深いところまで事情を知らされているらしい。
「クアレス殿、雨や風が世界から失われる事がないように、争いもまた失われる事はありません。
大神より理を賜った7種7頭の竜もまた、力の均衡は変われど失われる事はないのです。争いを望む声が大きくなれば、いずれは混沌の力が増す事でしょう」
静謐な空間にパティアの朗々とした言葉が静かに響く。
これって⋯…俺がリヴィアスに教えてもらった、次に戦争が起きて人が死ぬと世界が滅ぶとかいう話の延長線上にある話なんじゃないか?
混沌の竜ケイオス…無関係とは思えないが…⋯
「すまないが司法に生きる私には、いささかスケールが大きすぎて難解に過ぎる」
ため息をついて首を振るクリニアス。
彼に同意だ。友人が逮捕されているところに、国や政治の問題を持ち出されたような気分になる。
直接的な話を進めたい。
「パティア、どんな魔法かはともかくとして魔法で人を欺いた事を、裁判で証明する事はできますか?」
「ああ、それこそが私の知りたい要件だ」
俺とクリニアスの問いにパティアは再び首を傾げて思考し、ほどなくして答えを出してくれた。
「そうですね⋯…市内のボアリウム地区にウィクトール神殿という場所があるのですが、そこにある神具『真実の口』に手を入れて宣誓させるのが良いと思います」
え?真実の口って、あの真実の口だよな…⋯この世界にもあるのか。
どうでもいい事に気を取られて、ぼけっとしていた俺をよそに、クリニアスが大切な事を聞いてくれた。
「大使、真実の口に手を入れて、宣誓させると何が起きるのです?」
「真実の口とは、水を司る竜ウォーター様の御姿を模した彫刻なのですが、もしも宣誓を破ったとしたらウォーター様の怒りを買い、その手を食いちぎられてしまうでしょうね」
「え…⋯パティア、手を食いちぎられるというのは、迷信や例えではなく?」
「ええ、そうです」
「その…実際に、物理的に?」
「ええ、物理的に手がブチッと千切られてしまいます」
真実の口、恐ろしすぎる…⋯
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は1月19日(月曜)です。
明日01月17日(土曜)と、明後日01月18日(日曜)のそれぞれ17時30分に、『姉ちゃん』を主役にした連作短編シリーズ『うちの姉ちゃんは古代文明を実践したい』を投稿いたします。ぜひ、ご一読くださいませ。
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