14話 監察官のファッションチェック
「さてと、大使。まずはそのみすぼらしい格好について、ご説明いただけますか?」
氷のように冷たい視線が突き刺さり、パルテナス大使パティアは華奢な体をビクッと震わせ、一息してがっくりと肩を落とした。
ここは司法を担う公会堂から程近い場所にある、クリニアス監察官の個人的な倉庫兼オフィスだ。
裁判において、検事であり弁護士でもある監察官は身分を越えて庶民からの陳情も受ける。(金と時間に余裕のある有力者か裕福な者に限られるが)
その為、相談者との打ち合わせ用にインスラの2階を借りているのだとか。
クアレスに助けられ、混乱する市内を安全に移動するため古着屋で変装する事にしたパティアとヘリオン。
パティア曰く、
「クロネリアにいる時は、クロネリア人のするようにせよ。という諺があるくらいですからね」
本人の気さくな性格のせいで、あまり目立つことはないがパティアの衣服は特級品中の特級品である。
精緻な刺繍が施された絹のストラ(女性用のチュニック)、金糸の編み込まれたタエニア(バストを強調するために付ける胸下の紐)、インディゴと呼ばれる鮮やかな青に染め抜かれたカスチュラ(アンダースカート)
絹のストラはシルクロードを伝って、遥か東の大国両漢からの輸入品であり、カスチュラの染色に使われているインディゴは、地上海を挟んだ南に位置する砂漠の属国アイギュプトでしか手に入らない染料だ。
当然衣服だけでなく、装飾品から化粧品に至るまで万事がこの調子である。清楚にして気品があり、シンプルだが貧相にはならない。真の高級品とはそういうものらしい。
彼女のストラが軽く1万セステはくだらない代物である事を、倹約家の匠が知ってしまったら卒倒してしまうだろう。
そんな彼女を知っているクリニアス監察官であったから、現在の大使を見て呆れ果ててしまうのも仕方のない話であった。
クロネリア中の皆が欲してやまない、風に溶けるようなブロンドを黒クルミの殻の染料で茶色く染め、毛羽立ったダルマティカ(長袖のチュニック)に薄汚れたヴェールを被っている。重ね着した短いトガ(一枚布の上着)は穴だらけだ。
そもそも若い女性でトガを身につける者は、ストラの着用を許されていない売春女だけである。
背筋がシャンと伸びて自信を感じさせる立ち姿、整って目鼻立ちの良い顔付き、労働をしたことの無い手と足は滑らかで、透き通るような白い肌は健康美そのもの。
こんな売春女がいるものか!
ごろつきに顔でも見られたら、連れ去られて弄ばれるのがオチだ。
小振りな執務机を間に挟んでクリニアスと対面するパティアとヘリオン。
クアレスは詰問ならぬお説教の席から逃れるつもりらしく、二人から3歩ほど離れて距離を取っている。
「これは、その⋯…目を引かないための変装、でして――――」
パティアの声は変装の意義を力説していた時とは、打って変わって消え入りそうだ。
「売春女などに化けて、連れ去られでもしたらどうします?貴女を慕う多くのパルテナス民が嘆き、怒り狂うでしょう!」
「す、すみません…⋯でした」
「貴女を守りきれなかったクロネリアをパルテナスの民は憎み、新たな火種となるかもしれません」
もうダメだ。
パティアは涙ぐみ、叱られた犬のようにシュンとしている。
彼女にパルテナスの民の話は禁句。
実際に彼女の華奢な肩には属州パルテナスの平和がかかっているのだから。
そして、彼女もまた懸命にその責任を果たそうとしている。
パティアの感情が限界と察したクリニアス監察官は、ひとつ咳払いをして空気を変えた。
「貴女になにかあっては、リヴィアスも悲しみましょう。御身を大切になさってください」
「は、はいっ…⋯」
完全に空気と化していたが、もちろんヘリオンも同席していた。
波打つ赤い髪をパティア同様に黒クルミで染めて束ね、チュニックなどの服装は…⋯
まぁ、元々が庶民のそれだ。
大使の元の衣装が古着屋で、
「この店にある服を全部渡しても、何一つ買い取れやしないよ」
などと買い取り拒否された為にズタ袋を買い求めて全て詰め込み、ヘリオンが背負っている。
警護兼荷物持ちの屈強な側仕えに変装したと言えなくもない。
剣闘をしていない時のヘリオンはこんなものだ。
いつも通りである。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は1月14日(水曜)です。
気に入って頂けましたら評価★★★★★ブクマをお願いいたします。ランキングと作者のモチベーションが上昇いたします。
よろしくお願いいたします。




