08話 戦国武将の盾
「姉ちゃん!戦国武将って、なんで盾持ってないんだ?」
「え?普通に持っているけど…」
「…え?」
「日本の武将の事だよ?」
「日本の武将の事よ?」
西洋の騎士といえば剣と盾。
日本の武将は槍と刀で盾はない。
これは大抵の日本人が持っている共通の印象だと思う。
武将の盾なんて見た事ないぞ?
「平家物語は知っているわね。平家物語の中で『置き盾』という物が、陣地を守るのに使われているわよ」
「置き盾…」置いちゃうのか。
「そう、置き盾。飛んでくる矢から身を守るのに使われていたみたい」
「いやいやいや、俺が聞きたいのは剣を防ぐとかに使う、そうだなぁ。
接近戦で使う盾はなかったのかって事」
「あぁ…」
ポンと手を叩く姉ちゃん。
まだ若いのに反応がちょっとおばあちゃんくさい。
「それなら太平記ね。日本の鎧って肩のところに何層かになってる大きな板みたいなのがついてるでしょ。
『大袖』って言うんだけど、あれがね。肩を支点に動かせるの。あれが日本式の盾。大袖で刀も槍も防げるわ」
あれね!あれが盾だったのか!
盾に関する思い出をうんうんと唸ってあさっていたが、日本人と盾はあまり縁がないというか、役立ちそうな話を思い出す事はできなかった…
現在。といっても、思い出の方が2000年代で、俺の現在が西暦100年くらい(多分)の古代なんだから、我ながらわけがわからない。
それはともかく現在、俺は剣闘士仲間のカルギスから、盾の心得についての指導を受けていた。
毎回毎回、姉ちゃんの歴史豆知識だけで生き残れるとは思えないし、あと3回戦えば奴隷の身分から脱する事ができると牢番頭のゴズウェルから聞き、短期目標が定まったからだ。
手が届きそうな目標というのはモチベーションを保つ為にも必要だ。
さらに言えば奴隷剣闘士は原則、治療を受ける事ができない。これは『剣闘士』が、ではなく『奴隷』の部分が問題なのだそうだ。
ゴズウェルいわく
「誰かの所有する奴隷剣闘士なら、所有者が治療してくれるわい。帝国市民の剣闘士なら、仕事中の怪我になるから公共の治療を受けられる」
なるほどね、労災みたいな扱いか。
「詳しいいきさつは知らんがお前の場合、戦地で帝国に捕らえれ、国家の所有物としてここに来たわけだ」
実は俺もいきさつを知らないんだ。
とはさすがに言えない。
「そうなると、宰相閣下の定めた剣闘士のルール。奴隷剣闘士は帝国の資産である治療師を使う事は許可されない。と、なっちまうわけだな」
すまねぇな。と小さな声でゴズウェルは呟き、説明を終えた。
つまり、あと3回闘う必要があるが、その間に大怪我をした時点で詰み。
現実はRPGのように一晩寝たら全回復というわけにはいかない。
寝るだけで治るのは体力とちょっとした風邪くらいだろう。
擦り傷程度は仕方がないとして、指ひとつ切り飛ばされただけでも俺的には大惨事なのだ。
そこで登場するのが『盾』という訳。
安全第一!
古代ローマといえば(ここは異世界のコルネリア帝国だが)大きなタワーシールドと槍の印象が強いと思って、張り切っていたのだが結果は散々だった。
にわかに盛り上がってきた俺のテンションとは裏腹に、全く上手くいかない。
牢内に貸出品の武具は持ち込めないそうなので、カルギスから自前の長方形の大盾(スクトゥムと言うそうだ)を借り、盾使いの心得を聞きつつ、攻撃を受ける姿勢や反撃に転じる際の動きなどを試してみる。
実際に盾を構えてみた最初の感想は「視界がめちゃくちゃ遮られる」だった。
なんだろうか、これは。
そう!スマートフォンで写真を取る時にレンズに指がかかってる!
そんな鬱陶しさだ。
自分で盾をかざしておきながら
「すみません、ちょっとどいてもらえます?」
などと文句を言いたくなってしまう。
機動隊が使っているポリカーボネート製の透明な盾が心底欲しい!
せめて四角い盾の角っこを切りたい!
あぁ、だから丸い盾ができたのか。
よし、実際に使うのは丸い盾にしよう。
さらにもう一つ問題があった。
これはかなり説明しづらいのだが、俺の体担当とも言うべき、ヘリオンの体。
年齢はおそらく俺と同世代の20代中盤から後半。
黒みがかった赤毛で癖っ毛、肩の近くまで伸びており、当然手入れなんてされていないからボサボサである。
まるでギリシャ彫刻のように均整の取れた体を、全体的に筋肉で厚みを足し、腕はさらに太くしたような戦闘特化のボディ。
全長6メートルの槍をガバッと持ち上げられるし、対戦相手の盾の縁に、フレイルの柄の先端を数センチ単位でぶち当てる動体視力と運動神経を持っている。
現代で見かけたら間違いなく凝視するし、男でも見惚れてしまうだろう。
にも関わらず、スクトゥムを構えても慣れた感じがしないというか、しっくりこない。
他人事のような言い方だがどうにもやる気が感じられないのだ。自分の体なのに。
ヘリオンにとって敵国の盾だからなのか?この体に彼の記憶や魂が残っていて拒絶しているとかだろうか?
どちらにせよ、俺にとっては死活問題だ。
いざ、試合となったらヘリオンに合いそうな盾をかたっぱしから試してみる事にしよう。
そうこうしていると、ゴズウェルがわざとらしくゴホンと咳をした後、いつもより大きな声で告げる。
「さて、面会はこのあたりにしてもらおう。奴隷を甘やかしてばかりもいられんわ」
コツコツコツと響く足音。おそらく興行師だろう。三戦目が足音と共に近づいてきたようだ。