12話 テルマエにて
古代ローマの名物といえば公衆浴場である。
古代ローマ文化を集約し、竜や魔法でごった煮にしたような世界……ここクロネリア帝国においても貴族から庶民に至るまで皆、テルマエが大好きだ。
テルマエには浴室、サウナ、マッサージ、食堂、運動場、談話室等、多くの施設が完備されていて非常に便利な上に、日頃は立場上そうそうお目にかかれない貴族や議員と近しくなるチャンスも転がっている。
サウナ室や談話室は半個室になっており、会議や話し合いの前段として使われる事もしばしばであった。
四十がらみで痩身、無精髭を整える事もせず、サウナ室で「うぅ~」などと気の抜けた声をあげて、のぼせているこの男もまた、そうそう出会えない貴人の一人である。
まぁ彼の場合はテルマエに行けば大抵出会えてしまうのだが―――
アスラ・コルネリウス・フェリナス。
クロネリア帝国最古の貴族、フェリナス家の当主にして、先の二つの戦争において副将を務めた将軍閣下はサウナ室が大のお気に入りなのだ。
「そんで、やっぱり私の元に戻りたくなって会いに来てくれたわけだ。クアレス君」
「全く違います、閣下」
ジト目で悔しそうな表情を見せるコルネリウス将軍に対して、リヴィアスの使いであるクアレスは真顔で応対した。
「相変わらず、つれないなぁ……一緒に矢の雨をかいくぐった仲じゃないの」
「…………」
無視である。
元上司の軽口に元部下は無視を決め込む。
「閣下、リヴィアス議員をご存知ですか?」
「クアレス君の新しい雇い主で、今なかなかに困っている事くらいは耳にしているよ」
クアレスはコルネリウスの側に少し近寄り、リヴィアスからの伝言を声を落として囁いた。
「リヴィアス議員からのご伝言でございます。閣下に、この先に起こる事態の収拾をお願いしたいと―――」
コルネリウス将軍とリヴィアス議員は既知でこそあるが、親しいと言えるほどの間柄ではない。
議員が逮捕、軟禁される寸前に最も優秀な手駒を走らせる相手は誰か。
(リヴィアス殿はクラウディ公派の側近。主人を頼むのが順当だが、迷惑をかけられない、もしくは既に状況を把握している……
裁判を想定するなら法務官か監察官を頼むのもありだ。知人がおらぬとも思えんが、派閥に属していない私に、しかもなぜ軍人を頼った?)
ふうむと顎をさすり、コルネリウスは思案を続ける。
(逮捕される間際の最後の一手として、中庸である私を取り込もうとした? ずいぶん余裕のある事だが、リヴィアス殿は英邁と聞く。無くはないか。
では、なぜ軍人で私なのだ? スパルタクスの軍は市内に向かっているが議員ともなれば逃げる先に困る事もないだろう。私の性格と職分を理解しているとすれば……)
「リヴィアス殿は自身の身を案じておられたか?」
「いえ、ご自身に関してはあまり心配されていませんでした。むしろ無関心なくらいで」
「この先どうなるかを読み切っている?」
「ええ、そんな風でした」
つまり我が身の事ではないのだな。
「他になにか言ってなかったかい?」
「別れ際に、クロネリア市は大変な目に合うだろう……と、」
クアレスも私に何を頼みにきたのか理解していないのだろう。困惑気味だ。
「クロネリア帝国ではなく、クロネリア市と言ったんだね?」
「はい。間違いなく」
ようやく合点がいった。
「リヴィアス殿は、私にクロネリア市の都市防衛指揮を依頼されたようだ。ずいぶんと高く買われたものだ……」
(かなりの大事になると踏んで、被害を最小化するために私を選んだか)
「ところでクアレス君、君が遣わされた意味はわかっているかな?」
「いえ、全く」
寝耳に水だったのだろう。
優秀な若者がきょとんとして無防備な顔をさらしている。
悪巧みするかのように片方の口角を上げて、コルネリウスは無垢な若者を諭す。
「私は特段リヴィアス殿と親しいわけではない。親しく無い者を動かそうとしたら……君はどうする?」
「―――金を払います」
「そうだろう。金とは限らないが、報酬を与えなくては他人は動いてくれないよね」
「では、リヴィアス殿から私への報酬はどうする?」
「どうするって……」
言い淀むクアレスを指差してコルネリウスは勝ち誇ったように笑顔で断言した。
「その、報酬が君なんだよ」
優秀な若者は心底嫌そうな顔をすると、
「ハハッ……」と空虚な愛想笑いを漏らした。
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