08話 訓練所の閉鎖
「旦那様、本当に訓練場を閉めるのですか…⋯」
「うむ。こういう事は素早く、ハッキリ分かりやすくが肝要じゃ」
「ザビア訓練士長、私も最初は驚きましたが剣闘士達による反乱が相次いでいる以上、現状維持は難しいでしょう。父さんは正しい」
クロネリア市に居を構えるブルトゥス訓練所の執務室では4人の男達が今後の身の振り方について真剣に討議していた。
興行師ダモン、若旦那トリトス、訓練士長ザビア、興行師見習いロマレースの4人だ。
クロネリア半島南部に端を発したスパルタクスの乱は各地の奴隷階級を取り込み、日に日に規模を拡大。
今やその数は5万とも6万とも言われている。
彼らは、鎮圧軍をものともせず撃退し、帝都クロネリア市を目指して侵攻しているのだとか…⋯
帝国には剣闘士訓練所が大小100以上あり、市内にも30近く存在している。
反乱軍蜂起の噂は瞬く間に広まり、市民は怯えと蔑みの視線を訓練所と奴隷達に向け、
奴隷達もまた市民からの迫害に怯えながら、虎視眈々と反乱の機会を伺っている。
市民からにせよ、奴隷からにせよ、
暴動や略奪行為が起きるのも時間の問題だろう。
比較的穏当に奴隷を扱っているブルトゥス訓練所と言えど、早々に旗幟を鮮明にしておかなくては、内外からどんな災いが降りかかるとも限らない状況なのだ。
「うちの下位剣闘士は20名か。ロマレースよ、目端が効いて信用できそうな者を10名ほど選抜し、衛兵の任務に就かないか誘ってみてくれ。残りは暇を出す」
「かしこまりました旦那様!」
かつてブルトゥス訓練所のライバルであったウェスパシア訓練所の若き興行師ロマレース。
興行師の座を追われ、腐っていたところをダモンが拾い上げた。
ここに来た当初こそ、トリトスとギクシャクしていたが心機一転やり直す決意を固めたのだろう。
見習い興行師としての分をわきまえて励み、数カ月経た今では適切な補佐役をこなして、剣闘士達からの信用を得ている。
「問題は奴隷剣闘士30名の扱いだ。今まで通り武器を渡して訓練させられる状況ではないな…⋯」
「旦那様、まずは反抗的な者と協力させられそうな者に分けてはいかがでしょう」
現実的で即座に動ける案をザビア訓練士長が提言した。それに合わせて、トリトスが金銭的な懐柔策を付け足す。
「期間にもよりますが待遇や報奨で態度を軟化させる者もいるでしょう。何名か心当たりがあります」
「問題は、この騒乱が落ち着くまでの期間をどれほどに想定するか…⋯ですね」
ロマレースが控えめに問題の要点を洗い出し、興行の師であるダモンを見つめた。
執務机を前に仁王立ちとなり腕組みをして、眉間に深い皺を寄せながらじっと目を閉じたダモンは思考を巡らせる。
「これは内乱じゃろ、同盟市戦争は2年…⋯シテリア奴隷戦争は確か1年ほどだったな…今の国軍を考えると―――」
帝国の歴史は戦争の歴史だ。
侵略戦争だけでなく、帝位を争っての戦争、属州の反乱、奴隷の反乱と内戦だけでも枚挙にいとまがない。
大商人ブルトゥス・ダモンは剣闘の興行を通じて商人から貴族に至るまで広いツテを持っている。
そこで得た知識と情報、そして長年培ってきた直感を頼りに賽を振る。
ここ一番での大勝負にダモンは負けた事がないのだ。
「市内が落ち着くまでに1年と考え、訓練所の閉鎖期間は半年とする!」
ダモンが確信を持って予想期間を告げ、矢継ぎ早に支持を出していく。
「ロマレース!下位闘士との面談に衛兵長のブレンヌスを同席させて部隊割りを決めろ」
「かしこまりました旦那様!」
「トリトス!奴隷戦争の後は奴隷への待遇が大抵は改善される。先んじて可能な範囲での改善案を作れ。半年間の期限付きで予算と突き合わせろ」
「さっそく取りかかります」
「訓練士長!奴隷闘士を協力者と反乱に加担しそうな者に分けてワシに伝えよ。各訓練士から性格や事情をよく聞き取ってな」
「はっ!」
「父さん、鍛冶工房とカサンドラはどうします?」
ふむ、とダモンは一呼吸悩んだ後に素早く答えをだした。
「鍛冶師長のキュクロとは昔から五分の付き合いだ。カサンドラは上位闘士というだけでなく、リヴィアス議員から大切に扱うよう言われておる。
鍛冶工房はここに留め置き、カサンドラには訓練所の治安維持でも頼んでおくとしよう。この二つはワシが受け持つからな、気にしなくてよいぞ」
大筋を決定し、采配を下し終えるとダモンは素早く解散を促した。
この果断さこそ、ブルトゥス訓練所を一代で帝国有数の剣闘士訓練所に押し上げた男の才覚である。
カサンドラが苦手な若旦那のトリトスは自分の受け持ちでない事に、ソッと安堵の息を漏らした。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は12月31日(水曜)です。
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