07話 別邸での攻防
手斧で玄関の゙扉を打ち破り、別邸屋内へと侵入した3人の男達は縦隊になって廊下を進んだ。
最後部にリーダー、2列目に巨漢、先頭はチビだが目端の利く斥候の順である。
§§§
長い直線の廊下の先は広間、リビングだ。
先ほどの投石で美しいガラス窓と陶器は粉々に砕け散り、無残に床にぶち撒けられている。
女の姿、血の跡を見つけられない様子から、どうやら狙いは外れたらしい。
廊下の左側に広がるパルテナス様式の美しい中庭にも人気はない。
廊下の右手には扉のない部屋の入口が二つ。
ガシャリ――――
右手奥の部屋だな⋯⋯確かに聴こえたぞ!
小さな物音を聞きつけた斥候の小男はいやらしい笑みを漏らして部屋へと駆け込む。
あの小男、腕は確かだが見境の無い女好きだ。
あまり派手にやってくれるなよと、リーダーはそれだけを心配して眉をひそめたが小男が部屋に足を踏み入れた途端、ボグッ! という鈍い音と共に、小男が一瞬にして部屋に引きずり込まれた!
「んなっ! どうした? なにが起きた!」
前を歩く大男に遮られて引きずり込まれる瞬間しか見えなかったが、明らかな異常事態だった。
「おい! なにがあった?」
リーダーは後ろから大男に問いただしたが、大男は目を見開いて身を固くするだけで明確な答えは返ってこない。
ここには高貴な若い女がいるだけだと聞いていたが―――どうなっていやがる。
状況を把握するため、動けずにいる大男の脇をすり抜けようとしたリーダーの耳に不審な風切り音が飛び込んできた。
ヒュンヒュン…⋯ヒュヒュヒュヒュ…⋯
「お、おめぇ誰―――ぐへえっ!」
ゴズンッ!
奥の部屋から風のように現れた影を見咎めた大男は問いただす前に一撃で頭を割られ、膝から崩折れる。
こいつらは下衆な連中だが、そこいらのゴロツキではない。小男は盗賊上がりの短剣使いで、大男はグラディウスで幾重に切られても倒れない頑丈さが売りの重装闘士だ。
そんな奴らを一瞬で二人も不具にしちまうとは⋯…
しかもこいつが手にしている獲物は、小男が腰に下げていたスリングじゃないか…⋯
そうか、スリングに石をセットしてそのまま振り回して大男を打ち倒したのか。
突然の出来事に狼狽したがリーダー格の男は即座に気持ちを立て直し、乱入者の実力を図る。
体格と雰囲気は場数を踏んだ一流の剣闘士か兵士だろう。
複数戦を手際よく当たり前のようにこなし、その場の武器を臨機応変に使いこなす化け物。
こちらを睨みつける燃えるような視線はどう見ても怒り狂っており、知性的な交渉ができるようには思えない。
どんな巡り合わせで居合わせたのか知らないが、俺達は虎の尾を踏んじまったらしい…⋯
突然の化け物相手にこちらの獲物はリーチの短い手斧と腰に下げた短剣だけだ。
家屋への侵入、女を攫うという仕事内容から長物を避けた順当な装備であったが、今はひどく頼りない。
裏手に回った二人と合流する事。
女を見つけて確保する事。
眼前の化け物から無事に逃げ切る事。
目的の女はいないか、退路はないかと気取られぬよう辺りに気を配る―――
中庭からバリンと陶器の割れる音と共に「キャッ!」と女の小さな悲鳴が一つ。
反射的に視線をやると、そこにはコラムの傍らで口に手を当て、彫像のように固まった華奢で美しい女が立ち尽くしていた。
「ようやく見つけたぞ、苦労かけやがって⋯⋯」
一時は自らの安全も怪しいと覚悟を決めていたが、ようやくツキが巡ってきた事にリーダーは安堵する。
その証拠に目的の女を見つける事が出来たし、さらに女の背後の植え込みに、裏口から侵入させた仲間の一人が回り込むのを見逃さなかった。
乱入者を引きつけて、その隙に仲間が女を人質に取れば、仕事は終わったも同然だ。
仲間に目配せをして戦闘態勢を取れば、謎の男もこちらの気配を察して、血のこびりついたスリングを回し始める。
ブラフとは言え、こんな強者とやり合いたくはねぇが…⋯ままよ!
腰を回し、気合いを入れて手斧を握った右手を振り上げる!
「おおおぉぉっ!」
リーダーが雄叫びを上げた瞬間、それに倍する大音声が辺りの空気を震わせた。
「URAAAAAaaa!」
男の踏み込みは廊下の敷板を割り、スリングから放たれた石は衝撃波を発するが如くの速度と威力を持って空を切り、植え込みに隠れた仲間の胴体に直撃させると、そのまま数メートル先まで吹っ飛ばしてしまった。
現実離れしたあまりの光景に腰が引けそうになったが眼前の男は、空になった紐状のスリングしか持っていない。
「殺れる!」
いや、チャンスは今しかない!
渾身の勇気を振り絞って斧を振り下ろす!
ビィンッ!
全力で振り下ろされた手斧は柔らかな反発を返し、それきり静止してしまった。
「なにを?!」
眼前の男は束ねたスリングを両手で握り、それを突き出して一撃を受け止めていたのだ。
グリップと刃の隙間、十数センチしかない柄にスリングを滑り込ませて―――
人間技とは思えねぇ、こいつはいったい何者なんだ?
渾身の一撃を防がれ、茫然自失となったリーダーは今更ながらに男の正体に興味を持った。
だが、当然その一瞬を見逃される筈もなく、力を失った右拳を手斧ごと握りこまれ、それと同時に顔面に拳が入る。
そういえば少し前に、とんでもなく強い剣闘士の噂が街中を沸かせていた。
“百腕巨人”“変幻自在の武器使い”そして“赤毛の悪魔”とあだ名された男。
そいつがこんな人相だったか…⋯朦朧とした意識の中でリーダーは男の強さが腑に落ちて妙な納得感を味わうと、プツリと意識を失うのだった。
§§§
「ヘリオンさま!」
柱の傍らに立ち尽くしていたパティアが金縛りから解けたように駆け出し、ヘリオンの胸に飛び込んでくる。
なんとか間に合う事ができた。
裏手に潜んでいたもう一人の刺客に意識を回していたが、小さな悲鳴を上げて逃走するのが聞こえてきた。
もう、大丈夫そうだ……
匠はひとごこちついてパティアを優しく受け止める。ものすごい勢いで飛びついてきた彼女は羽毛のように軽く、匠を驚かせた。
「来てくださると信じていました! 私はもう、ダメかと―――」
ガッシと抱きついて離れないパティアの柔らかな感触が伝わり、匠は数瞬の間我を忘れ…⋯「あぁ、これが吊り橋効果というやつか」などと、どうでもいい考えが頭をよぎる。
「本当に無事でよかった。クアレスの助言でここに来たんだ」
「まぁ、クアレスさんの…⋯リヴィアスではなく?」
抱きついたまま上目遣いに首をかしげるパティアは、たまらなく愛らしい上に聡明だ。
「落ち着いて聞いてくれ、パティア。リヴィアスが逮捕されてしまったんだ」
「そうなのですね。クアレスさんが助力を乞う先は…⋯コルネリウス将軍閣下しかおられない。
リヴィアス様をお救いするには政治的な力が必ずや必要となるでしょう。ヘリオン様、私達も参りましょう!」
いつの間にか彼女の身体からは震えが止まり、青ざめていた顔にも血色が戻ってきた。
リヴィアスは、パティアと匠にとってパトロヌス(保護者)であり良き友人でもある。
匠がこの世界で身を立てる事ができたのは、ひとえに彼のおかげと言っても過言ではないだろう。
そんなリヴィアスの初めての窮地に助力する!
その機会が訪れた事に匠は身震いした。
「パティア、申し訳ないが……その、そろそろ離れてくれないか?」
「!も、もう少しだけ…⋯今だけですので」
我に返ってみれば、2人はきつく抱き合ったままであった。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は12月29日(月曜)です。
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