04話 監察官クリニアス
「なに?リヴィアスが反意を?」
公会堂で法務官との打ち合わせを終え、帰途につこうとしていた監察官クリニアスに噂好きの同僚がひそひそと耳打ちした。
「なんでも此度の剣闘士共の一件、リヴィアス議員が手配りをして連中をそそのかしたとか……」
そんなふざけた話があるものか! と反射的に口から出そうになるのを口元に手を当てて抑え、気遣わしげな表情で取り繕う。
「それは帝都の治安を揺るがすような大事だ。証は見つかっているのでしょうか?」
「証も何も、現地に複数の目撃者がいるそうで……リヴィアス議員もアウロ議員と比較されて焦っていたのでしょうな」
リヴィアスとアウロは対立する両陣営の最年少議員で年も近い。だが中身は全くの別物。
リヴィアスが研ぎ澄まされた名工の剣なら、アウロは刃引きの模造刀だ。
だが模造刀とて殴りかかれば人を傷つける事はできる。
そして監察官の耳に話が届いたとなれば―――
「次の戦場は裁判となるか」
クロネリア帝国には司法制度が敷かれている。
裁判は原則として公会堂で行われ、被告と原告両者の言い分を聞いて法務官が裁きを下す。
裁判は一般民衆が傍聴できるようになっており、物見高いクロネリア市民にとっては一種の娯楽となっていた。
役人や議員の関わる裁判については公平性が担保されるように監察官が同席し、尋問や擁護をする事になる。
反乱を扇動した主謀者の裁判ともなれば、聴衆は大行列を作って公会堂を囲み、裁判の行く末を見たがるだろう。
友人のリヴィアスは帝国の要であるクラウディ公の懐刀。彼を傷物にしてはいけない。
(情報を集め、公に手配を願っておくとしよう……)
クリニアスは話題を提供してくれた同僚との会話を適当に打ち切ると、主人であるクラウディ公のもとへ足を向けた。
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静謐な高級住宅地区にあって、数十名の兵士に取り囲まれたリヴィアス邸は物々しくただならぬ雰囲気を放っていた。
その様子を少し離れた小高い丘陵の藪からヘリオンとクアレスが確認する。
「リヴィアスが大変な事件に巻き込まれてる……」
リヴィアス邸から無事に脱出したクアレスはタイミングよく向かってきたヘリオンを見つけ、簡単な事情説明の後に協力を取り付ける事ができた。
クアレスは幸いにも、彼の家内奴隷であるオドリーの警護についた事でヘリオンとは知らぬ仲ではない。
その上、クアレスの見立てでもヘリオンは間違いなく戦力として一流、リヴィアスの友人であり善良だ。
「叩きのめして突破するか?」
訂正しよう。彼は過激思想の持ち主だ。
「それではリヴィアス様の政治生命が絶たれてしまいますよ」
クアレスも人の事は言えないが、ヘリオンという御人も駆け引きや政治とは無縁な人物らしい。
腕組みをして唸るヘリオンを横目に、クアレスは余計な手出しをすべきではないと悟った。
「リヴィアス様から、コルネリウス将軍とパティア大使のご助力を仰ぐように指示を受けています」
初めて耳にする名前に小首を傾げたヘリオンに簡単な説明をつける。
「コルネリウス将軍はクラウディ公の数少ない軍部のお味方。大使のご友人でもあります」
腕を組んだまま藪から立ち上がり、悩むヘリオン。
「リヴィアスは俺に良くしてくれた友人だ。彼のためになにかできる事はないか?」
「そうですね……大使はリヴィアス様の大切なお客人です。彼女にも側仕えはいますが、属州の大使なので警護をご自身で付ける事ができません。彼女の保護をお願いできると助かります」
「彼女が狙われる可能性がある?」
ふむと少し考えてクアレスは答える。
「敵はリヴィアス様の信用を傷つけようとしています。先代の皇帝陛下が大切にされてきたパルテナスの大使が害されるような事があれば、その責は保護を任されているリヴィアス様が問われるでしょう」
「わかった。パティア大使も大切な友人だ。その依頼を引き受けよう」
「助かります。私はこのままコルネリウス将軍の元へ向かいますので、大使をよろしくお願いしますね。彼女の居所は―――」
ヘリオンに大使の護衛を任せて送り出し、クアレスは溜まった疲れを払うように首をまわした。
「将軍閣下、人使いが荒いんだよなぁ……ともあれ、リヴィアス様をお救いできるのは閣下だけ。やむを得ん。行くか」
元上司との苦い思い出を振り払い、クアレスは再び駆け出すのであった。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は12月22日(月曜)です。
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