プロローグ
地上海東部に゙位置する都市国家群パルテナスのさらに東。かつてクロネリア帝国と雌雄を決した大帝国ドニアス。
軍略の天才と謳われたアレクサンダー大王が支配したその地に、ヒエラポリスと呼ばれる町がある。
高濃度の炭酸塩と石灰を含んだ湯が湧き出し、だんだん畑状の石灰棚が織りなす白い情景は美しくも実りのない死の台地。
温泉地として知られるヒエラポリスの中心に建つ神殿の奥には、幾重にも厳重に封印された扉があった。
『地獄の門』そこは常に死の息吹を吐き出し、生きとし生ける者が立ち入れぬ冥界への入り口である。
地獄の門に門番はいない。
封印を解け、扉を開けよと、悪魔が囁きかけるからだ。
門の内には、まつろわぬ異界の亡者共が血眼になって封印を破壊しようともがいている。
ギチギチと不快な金属音を鳴らし、扉に巻かれた鎖を噛みちぎろうとする五つ目の獣。
骨が砕けてなお、扉に拳を叩きつける黒曜石のように硬く鋭い肌を持った蛮族。
それら無数の異形が無秩序に暴力を振るう様はまさに地獄絵図であった。
何十人という巫女の命と引き換えに封印された地獄の門は数百年に渡ってその役目を果たしてきたが……
度重なる暴力に耐えかねて鎖は引き裂かれ、重い扉がついにはゆっくりと開かれていく。
扉から現れた手は長く節くれだっていて、黒檀のように黒く血塗られていた。
暗闇から覗かせるのは狂気の光を宿した紅の眼光。
腐臭と共に口から吐き出される呪詛は、己を数百年閉じ込めてきた巫女へと向けたもの……
お前達を必ず、同じ目に合わせてやる。
子々孫々に至るまでその血を持った者に報いを受けさせてやる!
「ひえぇぇぇっ!」
ブルトゥス訓練所に所属する人気剣闘士ヘリオンの家内奴隷オドリーは叫び声をあげて飛び起きた。
とんでもなく恐ろしい夢を見てしまった…彼女の白く美しい肌からは血の気が引き、青ざめていた。
「夢かぁ……」
ホッとしたのもつかの間、恐る恐る指を太ももに這わせて確認する。
いくら怖い夢を見たからといって、お漏らしならぬ、おねしょをしていたら目も当てられない。
もう10歳なのだから。
オドリーは先日10歳の誕生日を迎えた。
主人であるヘリオン。隣家で親しくしている剣闘士のカルギスと息子のニウス。
そして家庭教師をしてくれているマンティとパティア大使。
その他にも多くの人々から祝福され、オドリーは間違いなく幸せの絶頂にあった。
それなのになぜあんな不吉な夢を……
「それに私、あんな場所知らない…」
奇妙な想いに囚われたオドリーだったが、おねしょをしていないと分かってひとまず胸をなでおろした。
「いけない!伝書鳩の鳥籠のお掃除をするんだった!」
すっかり気分を変えてバルコニーへと足を向けたオドリーの頭の上、ちょこんと乗った黒いトカゲの『おはぎ』は東方へとその目を向けていた。
『転生式異世界武器物語』第二部は毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿になります。
次回投稿は12月12日(金曜)です。
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