07話 闘技場に芽吹く一輪の友情
眠りから覚めてみると思わぬ来客があった。
「よぉ、ヘリオン。差し入れを持ってきたぞ」
牢番頭のゴズウェルに案内されて一人の巨漢が口を開いた。
歳は30代前半、スキンヘッド。
あまり天井の高くないこの地下室がいかにも窮屈にみえる偉丈夫。
眉毛が太く、筋骨隆々で豪快な雰囲気の大男が右手を包帯でぐるぐる巻きにして牢の前に立っていた。
「あぁ、兜を被っていたからな。俺は昨日戦ったカルギスだよ」
そう言うとカルギスは露店で買ってきたという肉団子とチーズを差し入れてくれた。
久しぶりの文化的な匂いは嗅いだだけで、口内からよだれが溢れてくる。
ありがとうカルギス!来てくれて嬉しい!
よし!食べよう!すぐ食べよう!
正気を保つ事に苦労しながら、木皿に乗った食事を鉄格子から受け取る。肉団子はまだ温かそうだ。
「これは俺の命を救ってくれた礼だ。遠慮せず食ってくれ。本当に助かったよ、感謝する」
数日間パンと水くらいしか口にしていないのだ。
今は全力で肉団子と向き合いたい。
さっそく木のスプーンですくいとって。
では、いただきます!
んまい…ひたすら美味い……ハーブが効いている。
ちょっとではあるがコショウまで…香辛料まじ神!!
古代ローマ、じゃなかったクロネリア帝国にコショウが伝わっていた事に感謝を!
この時代に香辛料が味わえるなんて…うぅっ、美味しい物に出会うと人は泣いてしまうものなのか…最高だ!
滲んだ涙を隠して、もちゃもちゃと咀嚼する。
全神経を集中させて肉汁を舌で転がし、無言で味わい尽くす。
この味と香りを永遠に記憶しておきたい!
「なぁ…」
カルギスがなにか話しかけてきているようだが、今は大変忙しいので、あとにしてもらう事にする。
肉団子は逃げてもカルギスは逃げないのだ。
「……」
次はチーズをぱくり。
んまい!…このコクがね…もうね…
「そ、そんなに飢えていたのか、思った以上に満足してもらえたようでなによりだ」
剣闘士といってもカルギスは下級剣闘士。
奴隷剣闘士の俺と違って、ある程度は出歩く事ができるようだ。
この喜びと感謝はどれだけ言葉を尽くしても、伝えきる事はできないだろう。
一心不乱の食事を終えて、ひと心地ついた俺はカルギスに感謝の意を伝える。
「カルギス、人生で一番うまい食事だった。ありがとう。ごちそうさま!」
カルギスは破顔し、にっこりとうなずいてくれた。
食い物をもらったから言うわけじゃないけど彼はいいやつだ。
「落ち着いたところでヘリオンよ。感謝の礼と共に、お前に二つ用事があって会いに来た」
さて、あらたまってなんだろう?
「まずはこれだ」
カルギスは懐から手のひら大の革袋を取り出して俺に手渡す。
「これは、この前の試合で手にいれたチップの分け前だ」
握ってみれば鈍い金属音にズシリとした重量感。
革袋にはけっこうな量の青銅貨が入っていた。
「俺、自分で言うのもなんだが奴隷で剣闘士なんだけど、もらっちゃってもいいのかな」
牢番頭のゴズウェルをちらっと見ると、少し自慢げに答えをくれた。
「安心しろ。クロネリア帝国においては奴隷だろうと剣闘士だろうと、正当な手段で手に入れた物は所有する権利が認められておる。所有物を守れるかどうかは別問題だがな」
うむむ、これは通貨のまま長く持っているのは危ないって事か。全部肉団子に変えて食ってしまうべきか?それともチーズのほうが保管が効くかな?
「確かに渡したからな。次の用事だが、お前が使っていた武器のフレイルを俺も使ってみたい。いいか?」
真剣な顔をずいっと近づけてくる。
ゴツいハゲ男に顔を近づけられても嬉しくはないが、カルギスは俺にとって数少ない味方になり得る人物だ。大切にしたい。
「お前は背が高い。俺よりもずっと強い一撃を与えられるだろう」
俺がヘリオンの外見に寄せて少しクールに伝えてみると、カルギスは無邪気に喜んでくれた。
「よし決まりだ!さっそく、使い方を教えてくれ」
正直なところ、かなり驚いた。
俺が持っていた剣闘士のイメージというのは、もっと悲壮感が漂っていて、卑屈だったり、後ろ暗い陰鬱なものだと思っていた。
それなのに剣闘士であるこの男は、怪我を負わせた対戦相手の俺に命を救われたと礼を言い、社交的に差し入れまでして気づかい、正直に分け前を渡し、素直に武器の使用許可まで得ようとしてきた。
カルギス……いいヤツすぎるだろ。
彼のおかげで、こっちまで前向きな気持ちになってくる。
「代わりと言ってはなんだけど、俺にも盾の使い方を教えてくれないか」
せっかくなので懸念事項である盾について相談してみると、彼は笑顔で盾使いとしての教育を請けおってくれた。ありがたい。
そうだ、できる事といえばもう一つあった。
俺は牢番頭のゴズウェルに向き直り
「あんたにも一つ、お願いしたい事があるんだ」
そう伝えて、チップの詰まった革袋をまるごと彼に手渡した。