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2 弓聖マイヤの唖然(2)


 かつて、『魔王』と呼ばれた男がいた。

 魔王は魔族を従え、魔物の大軍勢を率いて覇を唱えた。

 そして、おびただしい人々が戦乱の中に消えた。

 山野は焼き尽くされ、海は血で紅蓮に染まったという。


 そんな混迷を極めた世界を救ったのが、初代勇者と3人の聖人だった。

 魔王を滅ぼした勇者と三聖人の物語は1000年の時を超えて今も語り継がれている。


 太平の世にあって、マイヤが三聖人の一角『弓聖』を担っているのは、魔王復活が予言されたからだった。

 いわく、魔王は不死の魂を持ち、これを滅ぼせるのは聖剣に選ばれし勇者だけなのだという。


 その予言とやらはアテになるのかしら、と常々思う。

 王宮の意見も割れているようだった。

 しかし、魔物の動きが活発になっているのはマイヤも肌身で感じていた。

 弓の腕を買われたマイヤが勇者パーティーへの招聘に応じたのも、そんな些細な不安からだった。


 マイヤは一度だけ謁見を許されたときの、国王陛下の顔を思い出していた。

 国王もわがままな第三王子――ユークをもてあましているように見えた。


「世界を救うのじゃ。勇者ユークよ」


 国王はもっともらしい美辞麗句をとうとうと連ねた挙句、聖剣をユークに託した。

 そして、魔を打ち払う旅に出よ、と命じた。

 ユークが天命を受けたように目を輝かせていたのを覚えている。


 だが、実のところはどうだったのだろう。

 今にして思えば、王宮で悪さばかりしていたユークを体よく追い出しただけのようにも思えてくる。


 ともかく、これが、ユークという名の馬鹿な勇者が誕生した経緯だった。

 そして、子守りを命じられたマイヤにとっては苦難の旅の始まりでもあった。


「フリート様、本当に出ていかれるのですか?」


 聖女セイナがフリートの手を引いた。

 先を越された気がして、マイヤも負けじと反対の手を引く。


「あたしたちだけであの馬鹿勇者の世話が務まるわけないじゃない。出ていかないでよね、フリート」


「無茶を言わないでくれ」


 フリートは歳の割に落ち着いた口調で二人をたしなめた。


「ユークはパーティーの中じゃ王様だ。彼がこうと決めたら、それは絶対なんだ。二人もわかっているだろう?」


「でも、あんな頭がパーの馬鹿、あたしたちには扱いきれないわ。あたし、イラっとして殺しちゃうかも」


「短気なのはマイヤの悪いところだな。頭がパーの奴にはこうしてやればいい」


 フリートはニッと笑って二本指を作った。

 頭がパーの奴にはチョキを出して勝ってやれ、という意味らしい。

 あんな奴に勝ったところで嬉しくもない。


「フリート様だっておひとりの旅路は大変でしょう? どうかパーティーに残ってくださいませ」


 セイナの言葉にウンウンと頷くマイヤだったが、途中で首をかしげた。

 ユークと旅路をともにするくらいなら、どう考えても一人旅のほうがいい。

 それを見て、フリートが笑った。


「ご機嫌を取らなくてもいいし、尻拭いをさせられることもない。楽しい旅ができそうだ」


「そうですわね……」


「まったくだわ……」


 引き止めに来たのに納得させられた二人は苦笑さえできなかった。


「おーい! ボクの夕食はいつ出てくるんだ?」


 焚き火のほうからユークの甲高い声がする。

 どうやら、王様は腹を空かせているらしかった。

 いても役に立たないのに手間ばかりかかる奴だ。


「ほら。勇者様が呼んでいるぞ。もう行け」


 フリートはいつも肌身離さず持っている革かばんを手に、夜道につま先を向けた。


「マイヤ、セイナ。なるべく早く大きな町に逃げ込め。ユークを抱えたまま森を行くのは危険だ」


 それだけ言い残すと、フリートは灰色の髪を風になびかせて去っていった。

 真っ直ぐと伸びた背筋が羨ましかった。

 三聖人の使命なんて投げ出して彼の後を追いたかった。

 それは、おそらく隣にいるセイナも同じだろう。

 鼻筋の通った綺麗な横顔が、フリートを呑んだ夜の闇を寂しげに見つめている。


 マイヤはぴくぴくと頬を痙攣させた。

 ユークを抱えて魔物がひしめく森を行く、か。

 フリートがいないことを考慮に加えれば、それは、剥き出しの火薬を背負って火花舞う火山を歩くようなものだ。

 そのイカれた旅路からいち早く脱したのだから、おとなしく追放されたフリートは大賢者らしい賢明な選択をしたと言える。


「セイナ、絶望なんかしていられないわ。魔王が蘇ったら、もっと恐ろしいことになるんだから」


「そうですわね、マイヤ様。これも試練と受け入れましょう」


 二人は手を取り合い、これから訪れる苦悩に立ち向かう決意を確かめ合った。

 セイナとの友情が深まった点だけは唯一プラス要素と言えるだろう。


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