15 大賢者とナスの角(4)
「お食事のご用意がごぜぇます」
外が暗くなった頃、宿屋の主人がパンとスープを持ってやってきた。
「素泊まりのはずですが?」
と、俺は頼んだ覚えのない食事サービスに疑問を呈す。
宿屋の主人は目を泳がせた。
「当宿の……その、サービスでごぜぇまして」
「お気遣いありがとうございます。しかし、結構です」
温かいものを食べたい気持ちはあった。
だが、ユークじゃないのだ、怪しいものを口にするほどマヌケではない。
「もったいないわね」
食い意地の張っているゼーネは物欲しそうな目をしていた。
どうにも妙な宿だな、と思う。
結局、俺たち以外に宿泊者はいないようだし、客が来ても追い払っているきらいさえある。
要人が宿泊する場合、警備上の都合で全館貸し切りとなるケースは珍しくない。
でも、それは相応の品格ある宿に限った話だ。
「いちおう、警戒しておくか」
その晩は外でご当地グルメに舌鼓を打ち、早々に就寝した。
寝ぼけたフリしたゼーネが俺のベッドに潜り込んできたのがハイライトだったと言えよう。
そして、草木も寝静まる丑三つ時。
宿に張り巡らせていた結界魔法に引っかかるものがあった。
俺は、横で幸せそうな寝息を立てているゼーネの鼻をつまんだ。
「……なによ?」
「敵襲だ。たぶんな」
暗闇の中でもゼーネが青ざめるのがわかった。
足音が廊下を伝わってくる。
忍び足特有の間延びした足音だ。
数は3。
「金属探知の魔法に反応がある。おそらく、長身の剣だな」
「暗殺者ってこと?」
目的は暗殺だろう。
だが、暗殺者ではなさそうだ。
あまりにも素人臭い。
どちらかと言えば、賊だろう。
勇者ユークを暗殺するために、魔族の刺客がやってきたことは過去にもある。
彼らは直前まで気づけないほど完璧に気配を断っていた。
足音なんてもちろん聞こえない。
それに、室内の暗殺で長剣を使う愚も犯さない。
「素人をよこすとは舐められたものだな」
ゼーネをベッドの陰に隠れさせて、俺は臨戦態勢を取った。
鍵を回す音の後で、一転して静寂が訪れる。
そして、破裂するような勢いでドアが開き、3つの影が雪崩れ込んできた。
俺は魔法でシーツを操り、3人まとめて簀巻きにした。
時間にして2秒でお縄である。
光魔法で照らしてやると、刺客の顔があらわになった。
3人とも修道服を着ていた。
顔は興奮と恐怖で歪んでいるが、元は人のよさそうな人たちなのだろう。
真人間特有の邪気のなさがある。
侵入に鍵を使っていたから、宿屋の主人もグルと見て間違いない。
昨晩のスープには眠り薬でも入っていたのだろう。
暗殺専用の宿があると聞く。
もしかしたら、ここがそうなのかもしれない。
「犯行が稚拙だな」
俺は腕組みして落第を言い渡した。
俺たちを逃げ場のない2階の角部屋に放り込み、まとめて始末する腹積もりだったのだろうが、そこがまた素人の発想だ。
暗殺は分断して各個撃破が基本だ。
それに、2階より1階のほうが侵入経路の選択肢が多い。
ターゲットにとって逃げやすくもなるが、プロなら逃がさないのが前提なので考慮に入れなくてよい。
床に転がる長剣には見たところ毒も塗っていない。
てんでダメダメだ。
ユーク暗殺を阻止するのはもっぱら俺の仕事だったから、すっかり目が肥えてしまった。
もはや、採点する側である。
俺は苦笑しつつ、修道士たちを見下ろした。
「どうして、こんな真似を?」
3人は顔を見合わせて、一番年長の男が口を開いた。
よく見れば、大聖堂で会った修道士だ。
「あなたが偽者の大賢者だと大司教様がおっしゃられて。それで、私どもに暗殺をお命じになられたのです」
修道士はか細い声で言った。
大司教が暗殺を命令。
にわかには信じられないが、嘘をついている感じではない。
「私は大賢者の証を示したはずですが?」
と、俺は懐中時計を取り出してみせた。
「それが本物であるという証拠がどこにあるのです?」
そう言われれば、ぐうの音も出ない。
証拠の証拠を示すとなると、国王でも引っ張ってくるしかない。
「勇者様とともにいないことがなによりの証拠だ、と大司教様もおっしゃられておりました」
俺は思わず笑ってしまった。
あんな奴でも大賢者であることの証明にはなっていたらしい。
いなくて困ることがあるなんて想像もしなかった。
大賢者の予想を超えていくとはユーク恐るべし。
さらに二、三質問を重ねてみたが、修道士はほかに何も知らされていないようだった。
末端とはそういうものだ。
「わ、私たちを殺すのですか?」
今にも泣き出しそうな6つの目が見上げてくる。
俺は剣を没収したうえで、縛めを解いた。
「帰っていただいて構いませんよ」
「いいの? こいつら、あなたを殺そうとしたのよ? ひき肉にしても褒められこそすれ文句を言う奴はいないのに」
ゼーネがそんなことを言うせいで、修道士たちは泣き出してしまった。
彼らは命じられてやっただけだ。
それも、正義だと信じて。
こういう場合は使用者責任を問うべきだ。
糾弾されるべきは大司教デショップである。
俺は3人を宿から放り出した。
宿屋の主人のほうはシーツでぐるぐる巻きにして、明日にでも衛兵詰所に届けておこう。
「あ、あの……」
ほかの二人が逃げるように去っていったのに、最年長の修道士は宿の前にとどまっていた。
「あなた様は本物の大賢者様であらせられるのですか?」
どうやら暗殺の罪を赦されたことで、いまさらになって本物だと思えてきたらしい。
「本物ですとも。証拠はありませんけどね」
修道士は頭を抱えて座り込んでしまった。
なんて罪深いことをしてしまったんだ、とわなわな震えている。
「では、罪滅ぼしということで、いろいろと協力してもらえませんか?」
俺はこの機を逃さじと持ちかけた。
大司教を糾弾しようにも証拠がない。
修道士3人を証言台に上げたとしても、大司教がしらを切ればそれで終わりだ。
大賢者暗殺を企てた動機を突き止め、そのうえで、言い逃れできない証拠を突きつけねば。
「忙しくなりそうだ」




