1 弓聖マイヤの唖然(1)
「フリート・ホーキング、君は追放だ!」
焚き火と星明りが照らす森にそんな声が響き渡った。
マイヤはその言葉を唖然として聞いていた。
苦心して集めた薪が両の腕から転がり落ちるが、それどころではない。
追放などと言い出したのはパーティーの主、『勇者』ユークだった。
焚き火で赤く照らされた彼の顔には、大仕事を終えたような得意げな笑顔が張り付いている。
火を挟んで同じく唖然としているのは、たった今、追放を突き付けられた少年、フリート・ホーキングだ。
三聖人の一人『大賢者』の栄誉をたまわった少年である。
フリートは言わずと知れた勇者パーティーの主力だ。
王都の魔法学院を歴代最高成績で卒業したという天才は、精鋭揃いのパーティーにあっても一頭地を抜いていた。
ユークという問題児を抱えたこの一団が曲がりなりにも勇者パーティーの体をなしているのも、彼の献身によるところが大きい。
それを追い出そうというのだ。
例えるなら、それは、勇者が自ら聖剣を谷底に投げ捨てるがごとき暴挙だった。
「追放だなんて、そんな……。フリート様がいなくなったら、このパーティーは終わりですよ。ユーク殿下、どうかお考え直しください!」
『聖女』セイナ・フォン・クロイベリーが真っ向から反対した。
普段おっとりしている彼女も子供を叱るような口調になっている。
すると、ユークも子供じみた反論をした。
「終わりなもんか。だって、あいつは無能だぞ? 今朝の地竜退治を思い出せよ。ボクが手傷を負いながら決死の覚悟で斬り伏せたとき、あいつは後ろで棒立ちしていたじゃないか。眺めているだけのカカシだった」
それは違う、と大きな声で喝破しそうになった。
フリートの手がサッと上がって、やめろ、と合図していなければ、マイヤは思いの丈をぶつけていただろう。
地竜を討伐したのはユークではない。
フリートだ。
ユークが聖剣を振るに合わせて魔法を使い、風の刃で地竜の首をはね飛ばしたのだ。
でたらめに振られたユークの太刀筋に後方から正確に合わせられるのは、彼のたしかな才能のなせる神技だった。
目に見えぬ風魔法の特性から、一見何もしていないかのように見えたかもしれない。
しかし、凶暴な地竜をたった4人でほふれたのは彼の活躍があったからだ。
さらに言えば、ユークが手傷を負ったのは、彼が何もないところで転んだからであり、そこに降りかかる尻尾の一撃をはねのけたのもフリートだった。
フリートはわけあって無能なフリをしている。
すべてはユークのせいだ。
プライドの高い彼は、他人が自分より優れていることを許せない。
もし、勇者よりも目立った活躍をしようものなら鬼の形相で絶叫し、聞くに堪えない罵声を雨あられと浴びせられることになる。
抜きん出て有能だったフリートは表立ってその力を使うことができなかったのだ。
彼は不可視の魔法でパーティーを援護し、持ち前の知恵をさりげなく授け、陰に徹していた。
その甲斐あって、旅は順調に進んだ。
だが、それがかえってユークを増長させる結果となったのは皮肉な話だった。
「ボクのパーティーに役立たずはいらない」
一体この馬鹿は何を言っているのだろう、とマイヤは頭を抱える。
その言説で言えば、一番いらないのは間違いなくお前だ。
そう叫んでやりたかった。
無能なだけならまだいい。
だが、ユークは進んで問題を起こす天性のトラブルメーカーでもある。
先日などは、自分の活躍を町の人々に見せつけたいという馬鹿げた理由でわざわざ城門を開け放ち、町の中まで魔物の大軍を引き込んだことがあった。
守備隊が総崩れになり、町の陥落さえ頭をよぎった混沌とした戦況を覆したのは、やはり、フリートだった。
彼がいなければ、町は焼け落ちていただろう。
マイヤは目の前にある得意げな横顔を殴り飛ばしたくなった。
だが、相手がブレイソン王国第三王子では手も足も出せない。
いっそ賊の仕業に見せかけて射殺してやろうか。
ふとそう思う。
しかし、それもうまくないようだった。
『弓聖』の称号を背負ってパーティーに加入したマイヤには、ユーク王子の護衛としての任もあった。
大役を果たせなかったとなれば故郷の家族にも累が及んでしまうだろう。
まったく困ったものだ。
マイヤはフリートを流し見た。
彼は反論のひとつもせず言われるがままになっている。
しかし、その顔はどこか晴れ晴れとしているようでもあった。
追放されたほうが煩わされずにすむと思っているのなら一大事だ。
彼なしで旅など続けられるわけもない。
「ちょっと、ユーク。あんた、もう寝なさいよ。また明日考えましょ? ほら、ね?」
マイヤは必死の説得を試みた。
しかし、つけあがったわがまま小僧には聞く耳がないようだ。
見た目は少女のマイヤだが、エルフ族ということもあり、パーティーメンバーでは唯一100歳を超えている。
15歳のユークは赤子も同然で、どうあやせば言うことを聞くのか見当もつかなかった。
「ボクは勇者なんだぞ?」
押し問答の末、やがてユークは決め台詞のようにそう言った。
これは、わがままを押し通すときの彼の口癖だった。
どんなに無能でもリーダーの言い分は絶対だ。
従わざるを得ないのは雇われ人の辛いところだった。
「フリート・ホーキング。無能な君はボクのパーティーにふさわしくないね。追放!」
こうして、大賢者フリートの追放が決まった。
陰なる大黒柱を失ったパーティーの行く末など、考えるまでもなく明らかだった。
マイヤはセイナと視線を交わした。
おたがい、言葉が出てこない。
勇者ユークの高笑いだけが場違いなほど響いていた。
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