笑みの理由!
組織の地下、厳重に隔離された区画。
その中心にある一面ガラス張りの広い檻には、最新の生命管理システムと複数の監視カメラが設置されていた。
だが、その中で寝そべっているのは“脅威”とは程遠い――もしくは、そう“見えてしまう”――ひとりの少女だった。
ミイナ。
長い銀色の髪をふわりと広げ、片足を軽く振りながら、檻の中のソファの上でごろごろと寝返りを打っている。
「おなかすいたー……わたし、あと三分で干からびて消えちゃうよ~」
檻の外では、白衣を着た複数の組織構成員たちが呆れ顔でその声に応じていた。
彼女が怯えたようにここへ“自分の意思で”隔離を願い出たのは、――隕石の飛来が確認されるほんの少し前だった。
普段カミエのことを鬼ババと呼ぶミイナが泣きじゃくる姿に、カミエが抱きとめたという話は、職員の間でもすでに有名だった。
今はその姿もどこへやら。
ミイナは檻の中で、まるで高貴な猫のように扱われていた。
「はいミイナちゃん、今日は手作りタルトと新作のトリュフチョコです」
「こっちはチーズリゾットとステーキだよ、鉄分取らなきゃって誰か言ってた」
ガラス越しに並べられていく皿と皿、湯気の立ちのぼる香ばしい料理の数々。
スタッフたちはローテーションで交代しながらも、ミイナに献身的に食事を供給していた。
「ちょっと食べすぎじゃないか? 毎日3,000kcalは軽く超えてるぞ」
「いいじゃん。あんなに華奢なんだし、たらふく食わせてやれよ」
「むしろ、もっとふくよかな方が美人に…」
「そのうち誰か食われるぞ、マジで。内臓からとか」
「やめろって、その話もう3回目だし!」
そんな軽口を叩き合いながらも、彼らの手は止まらない。
ミイナはケーキのフォークを口にくわえたまま、ガラス越しに構成員たちの笑い声をぼんやりと眺めていた。
「はるおみの料理より美味しくないけど…なんか、いい匂い。
ねぇ、明日は唐揚げとラーメンが食べたいなぁ。あとアイス。あと……」
彼女が言葉をつづけるたび、隣の厨房区画ではすでに食材の準備が始まっていた。
* * *
ビルの屋上――夜風が書類のように都市の音を巻き上げる中、幸太郎は無言で空を仰いでいた。
口は半開き、目の焦点は遥か上空へと彷徨い、まるでその先にしか現実が存在しないかのように。
彼の膝に載せられたノートパソコンの画面には、「報告書送信完了」の文字が静かに表示されている。
しかし、それを認識する意識は今の彼にはない。
その近く、屋上の柵に腰掛けている小さな影。
ハクアは黄色いパーカーのフードを深くかぶり、ぶらぶらと足を揺らしながら、まるで見えないモニターを覗くように、空中の一点をじっと見つめていた。
「へぇー……そうなんだぁ……うんうん、そうなるよね……」
誰に話しかけるでもなく、楽しそうに相づちを打つ。
だが、次の瞬間、彼の足の動きがぴたりと止まる。
ややあって、顔を少し上げると――
「……あのお嬢ちゃん、まだ生きてたんだ」
その一言を残し、ハクアは何の躊躇もなく柵から身を投げた。
風を切る音。落下する小さな身体。そして――
「ふふっ……あはははっ」
楽しげな笑い声だけを残して、彼の姿は地面に叩きつけられる寸前に、ふっと吹いた夜風に溶けて消えた。
屋上には再び静寂が戻る。
幸太郎の指はなおもキーボードの上をさまよい、誰にも届かない言葉を打ち続けていた。




