心の吐息!
意識が、ふと現実へと戻る。
晴臣はまだ、手を伸ばしたままだった。
指先には微かな余韻――光の温もりが残っている。
あの果てしない幻視。宇宙の始まり。ユメの眠る姿。
そのすべてが現実だったのか、幻だったのか、区別がつかない。
けれど、今。
現実には確かに、誰かの温もりがあった。
背後から、強く。
それでいて、どこか壊れそうな力で、
晴臣の身体をぎゅうっと抱きしめている存在。
その小さな震えを、肌越しに感じる。
「……お願い」
その声は、か細く。
まるで夜の風に溶けて消えてしまいそうなほどだった。
けれど、それは紛れもなく――真琴の声だった。
「行かないで」
晴臣は息を呑む。
言葉の意味よりも、その声の震えの方が胸に刺さった。
彼女はいつも気丈で、強くて、表情を崩さない。
人をからかう時ですら余裕を忘れない、そんな真琴が。
今は、後ろからすがるように、晴臣を抱いている。
その手が、あまりにも弱々しく震えていた。
「真琴……」
名前を呼ぶと、彼女の指先がさらにきゅっと力を込めた。
驚きと、何か胸の奥を締めつけるような感情が湧き上がり、晴臣は息を呑んだ。
そして、そっと自分の手を下ろし、背後から回された手に重ねる。
そのまま、ゆっくりと指を絡めるようにして、握りしめた。
そしてただ、静かにその体温を受け止める。
光の幻は消えた。
けれど、残された現実は確かにここにある。
「……大丈夫だよ。もう、どこにも行かない」
ぽつりと、そう呟く。
真琴の指先が、少しだけ震えを和らげるのを感じた。
夜風が静かに通り過ぎる。
光も、幻も、すべて消え去ったあと――
そこには、ただ互いの温もりだけが残されていた。
* * *
二人だけの静かな時間に、コツン、コツンと重たげな足音が近づいてきた。
遠く、薄暗がりの中から現れたのは――パワードスーツを身に纏った姫野だった。
装甲が軋むたびに鈍い音を立て、瓦礫を踏みしめるようにして歩くその姿は、まるで戦場からそのまま抜け出してきたかのような迫力を放っていた。
だがその目は、晴臣と背後から抱きしめる真琴に注がれている。
姫野はガニ股気味に立ち止まり、パワードスーツのごつい腕を伸ばし、遠巻きに二人を指差す。
その指先は震えていた。
「な、なによ……」
声に出しそうになる感情を、どうにか喉の奥で押し止めた。
自分でも驚くほどに、胸の奥がジリジリと焼けるような、どうしようもない気持ちが渦巻いていた。
けれど――
晴臣を抱きしめる真琴が肩を震わせて泣いているのが見えた。
涙を堪えながらも、
必死に言葉を飲み込む真琴。
その姿を見て、姫野の動きが止まる。
「……はあ、もう……」
怒りでも呆れでもない――けれど、どこか寂しげなため息。
姫野はゆっくりと目を伏せた。
「やっと……乙女らしくなったじゃないの」
ぽつりと、誰にも届かないような小さな声で呟くと、姫野は振り返った。
彼の周囲には、既に溶解させられた銃器や凶器の山。
操られた人々の武装を、彼はずっと一人で無力化してきたのだ。
役目は終わった。
あとは――彼らに、託すだけ。
「……バカみたい」
そんな言葉を最後に、姫野の姿は熱の残滓のように火の粉となり、ゆらりと夜の闇に溶けていった。
それでも、消える直前まで彼の目は――晴臣を、そして真琴を見つめていた。
どこまでも、真っ直ぐに。




