ビックバン!
夜風が、耳元を静かに通り過ぎる。
まるで誰かの囁きのように、やさしく、冷たく。
空は群青に沈み、遠くの街灯すら霞んで見えた。
けれど、目の前の“それ”だけは――違っていた。
淡く、揺れながら。
呼吸に合わせるように、脈打つ緑の光。
晴臣は言葉にできない感覚に包まれていた。
時間が止まったかのような錯覚。
世界のすべてが音を失い、自分と“光”だけが、そこに在るような――
どこか懐かしくて、どこか恐ろしくて。
そして何より、美しかった。
光に照らされる自分の体が、じりじりと熱を帯びてくる。
それは、焼かれているかのような痛みだった。
だが、不思議と逃げたいとは思わなかった。
胸の奥に眠っていた何かが、確かに目を覚まそうとしていた。
理由も、理屈もない。
ただ、突き上げるような衝動があった。
言葉にならない叫びが、喉の奥で震える。
それは怒りでも、悲しみでもなく――
祈りにも似た、何か。
晴臣はゆっくりと手を伸ばした。
焼けるような痛みを感じながら、指先が光に触れそうになる。
それはまるで、自分の一部を取り戻すような、
あるいは、二度と戻れない扉を開けるような感覚だった。
光が、呼んでいた。
晴臣の瞳に、緑の光が深く映り込む。
そして――
彼は、触れた。
爆発が起きた。
視界いっぱいに、白と緑の閃光が弾けた。
目を閉じても、その光は脳の裏側を焼き尽くすように消えなかった。
次の瞬間、
意識は、どこか遠くへ吹き飛ばされていた。
音のない虚空。
自分の体があるのかもわからない。
ただ、その中に“居る”と、確かに感じていた。
目の前で、何かが“始まった”。
光が渦を巻き、物質が散り、星々が生まれ、死んでいく。
天体の回転音も爆発音も、すべてが沈黙の中に進行する。
そしてそのまま、彼は“立っていた”。
地球の地殻が形作られ、海が満ち、空ができる。
植物が生え、生命が蠢き、恐竜が歩き、滅び、
哺乳類が進化し、人が火を灯し、石を削り、家を作り、争い、祈り、歌い、愛し合う。
その全てを、ただ“見ていた”。
まるで、地面に固定された定点カメラのように。
変わらない場所に立ったまま、すべてが移り変わっていく。
時代の奔流。
人類史のすべてが、目の前で早回しのように進んでいく。
目まぐるしい。なのに、どこか穏やかでもあった。
すべてが、繋がっていた。
それは命の連なりであり、終わりなき夢のようでもあった。
けれど、そこに“誰か”がいた。
遥か上空。星のきらめきすら霞むほど、透明な空の中。
そこに、ユメが居た。
静かに、ゆっくりと。
胎児のように身体を丸め、深い眠りのまま空中を漂っている。
光に包まれ、安らかな顔をして。
彼女の髪は宇宙の闇のように揺れ、
その身体からは無数の糸のようなものが伸び、世界の各地へとつながっていた。
晴臣が思わず歩き出す。
重力も、距離も、存在の壁も曖昧なこの空間の中、足取りは不思議と自然だった。
歩けば歩くほど、過去が足元で変わっていく。
海から大陸へ、大陸から都市へ、都市から瓦礫へ。
すべてが一つの映像のように流れている。
その中で、ユメだけが確かに“存在”していた。
晴臣は、彼女の背に手を伸ばした。
その名を呼ぼうとしたとき――
世界が、揺れた。




