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汐見市生活課!  作者: ケン3
汐見市動乱編
92/96

ビックバン!

夜風が、耳元を静かに通り過ぎる。

まるで誰かの囁きのように、やさしく、冷たく。

空は群青に沈み、遠くの街灯すら霞んで見えた。

けれど、目の前の“それ”だけは――違っていた。

 

淡く、揺れながら。

呼吸に合わせるように、脈打つ緑の光。

 

晴臣は言葉にできない感覚に包まれていた。

時間が止まったかのような錯覚。

世界のすべてが音を失い、自分と“光”だけが、そこに在るような――

 

どこか懐かしくて、どこか恐ろしくて。

そして何より、美しかった。

 

光に照らされる自分の体が、じりじりと熱を帯びてくる。

それは、焼かれているかのような痛みだった。

だが、不思議と逃げたいとは思わなかった。

 

胸の奥に眠っていた何かが、確かに目を覚まそうとしていた。

理由も、理屈もない。

ただ、突き上げるような衝動があった。

 

言葉にならない叫びが、喉の奥で震える。

それは怒りでも、悲しみでもなく――

祈りにも似た、何か。

 

晴臣はゆっくりと手を伸ばした。

焼けるような痛みを感じながら、指先が光に触れそうになる。

 

それはまるで、自分の一部を取り戻すような、

あるいは、二度と戻れない扉を開けるような感覚だった。

 

光が、呼んでいた。

 

晴臣の瞳に、緑の光が深く映り込む。

 

そして――

 

彼は、触れた。

 

 

 

 

 

爆発が起きた。

視界いっぱいに、白と緑の閃光が弾けた。

目を閉じても、その光は脳の裏側を焼き尽くすように消えなかった。

 

次の瞬間、

意識は、どこか遠くへ吹き飛ばされていた。

 

音のない虚空。

自分の体があるのかもわからない。

ただ、その中に“居る”と、確かに感じていた。

 

目の前で、何かが“始まった”。

 

光が渦を巻き、物質が散り、星々が生まれ、死んでいく。

天体の回転音も爆発音も、すべてが沈黙の中に進行する。

 

そしてそのまま、彼は“立っていた”。

 

地球の地殻が形作られ、海が満ち、空ができる。

植物が生え、生命が蠢き、恐竜が歩き、滅び、

哺乳類が進化し、人が火を灯し、石を削り、家を作り、争い、祈り、歌い、愛し合う。

 

その全てを、ただ“見ていた”。

 

まるで、地面に固定された定点カメラのように。

変わらない場所に立ったまま、すべてが移り変わっていく。

 

時代の奔流。

人類史のすべてが、目の前で早回しのように進んでいく。

目まぐるしい。なのに、どこか穏やかでもあった。

すべてが、繋がっていた。

それは命の連なりであり、終わりなき夢のようでもあった。

 

けれど、そこに“誰か”がいた。

 

遥か上空。星のきらめきすら霞むほど、透明な空の中。

 

そこに、ユメが居た。

 

静かに、ゆっくりと。

胎児のように身体を丸め、深い眠りのまま空中を漂っている。

 

光に包まれ、安らかな顔をして。

 

彼女の髪は宇宙の闇のように揺れ、

その身体からは無数の糸のようなものが伸び、世界の各地へとつながっていた。

 

晴臣が思わず歩き出す。

重力も、距離も、存在の壁も曖昧なこの空間の中、足取りは不思議と自然だった。

 

歩けば歩くほど、過去が足元で変わっていく。

海から大陸へ、大陸から都市へ、都市から瓦礫へ。

 

すべてが一つの映像のように流れている。

その中で、ユメだけが確かに“存在”していた。

 

晴臣は、彼女の背に手を伸ばした。

 

その名を呼ぼうとしたとき――

世界が、揺れた。

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