ユメのタネ!
「虫の……目的は?」
晴臣の声はかすれていた。だが、その一言に確かな鋭さが宿る。
「なんで、こんなものが――地球に?」
ハクアは晴臣に近づき、無邪気に首を傾げると、そのままそっと手を伸ばした。
爪の整った細い指が、晴臣の胸元に触れる。服の上から、ゆっくりと撫でるように、優しく。
「お兄ちゃんはさ……ユメのお気に入りなんだよ」
囁くような声でそう言いながら、ハクアの指は心臓の上に止まった。
まるでそこに何か大事なものが隠れているとでも言うように、じっと押さえる。
「だからここに**“本体”**がいたの」
ハクアは虫かごの中の異形をちらりと見てから、ふたたび晴臣に笑いかけた。
晴臣は眉をひそめながら、ハクアの言葉をひとつひとつ拾い上げようとする。
「それはね」
ハクアは笑みを浮かべたまま、晴臣の言葉を遮り軽やかに答える。
「ユメの渡した“タネ”が原因だよ」
「タネ……?」
晴臣が問い返すと、ハクアは小さくクスクスと笑い、今度はいたずらっぽくウィンクした。
「ユメの絶望、もしくは希望……そのどちらとも言えるけど――まだ秘密」
唇に指を当てたハクアは、まるで秘密を抱えて遊ぶ子供のような瞳で晴臣を見つめた。
その目の奥に、無垢と狂気、そして哀しみのような光が交差しているように見えた。
晴臣の胸に押し当てられた指先が、ゆっくりとトン、と心臓の鼓動に合わせて軽く叩いた。
「ここにあるんだよ。まだ、芽は出てないけど。ねえ、お兄ちゃん……」
声のトーンが、ほんの僅かに低くなる。
「それ、育てる気はある?」
ハクアの言葉は、まるで深い水底から響いてくるようだった。
晴臣は一瞬、息を呑みかけたが、胸元の鼓動に集中し、かすかに口を開く。
「俺は――」
だが、その声を遮るように、ハクアはふわりとした笑顔を浮かべながら、片手を上げて制した。
「ううん、答えはまた今度でいいよ。」
優しく、けれど強く。
「きっと今じゃない。まだ、お兄ちゃんの中の“タネ”は眠ってるから……」
その言葉とともに、ハクアは一歩、二歩と晴臣から距離をとった。
その瞬間――
空間が裂けた。
虚空の裂け目から、無数の指が絡み合うように伸び、黒い腕がずるりと現れる。
まるで晴臣の背後からそっと忍び寄っていたかのように、油断なく、その身体をがっちりと掴む。
「――!」
晴臣が声を上げる暇もなく、空間のひずみによってその姿は闇へと引きずり込まれていった。
異様な音も、叫びも、何もなかった。ただ、風が止まり、時間がわずかに凍るだけ。
そして、
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
ハクアは何もなかったかのように手を振る。
楽しげに、名残惜しげに、小さく左右に――ひら、ひら、と。
一人きりになった部屋で、ハクアは虫かごの中の怪物をガラスと一緒に踏み潰していた。




