始まりの合図!
宇宙は、静寂だった。
無音の闇の中、いくつもの点が軌道を描いていた。
光も音もない漆黒の宙を、金属質に鈍く輝く破片たちが滑るように進んでいく。
ひとつ、またひとつ。
小さな群れとなって、ゆるやかに、だが確実に――地球へと向かっていた。
それはまるで、何かに導かれるような整然とした動きだった。
重力に引かれたのか、それとも……別の“意志”によってか。
やがて、蒼く輝く地球の縁に群れが接近する。
機体の管制室、人工衛星のレンズ、観測衛星のセンサーが微細な熱源を捉え始める。
いずれのシステムにも警報が走った――だが、その解析結果はどれも「安全圏内」。
数十個の隕石群は、地球の大気圏に突入した。
高熱と圧力に晒され、空中で一つ、また一つと砕けていく。
夜空に突如現れた火球が、尾を引いて崩れ、火花のように弾けた。
夜の街を歩く人々がスマートフォンを取り出し、歓声を上げながら空を見上げる。
テレビの画面には、緊急速報のテロップが流れていた。
『緊急ニュースをお伝えします。数時間前に観測された地球接近の隕石は、大気圏突入時にほぼ燃え尽きたことが確認されました。現在、地球への影響は一切なく、専門家は「心配する必要はない」と……』
スタジオのキャスターが笑顔で安心を伝えるその裏で――世界は、確かに変わり始めていた。
最初の異変は、イタリア・ナポリ郊外の草原だった。
夜空をかすめた火球が、空中で弾けるように分裂した後、火の粉のような破片が、雨のように静かに降り注ぐ。
そのひとつが、何の衝撃も音もなく、地面に落ちた。
パァン……と花火のように爆ぜることも、地面を抉るような振動もなかった。
ただ、静かにそこに“在った”。
それをたまたま近くで目撃した一人の男――
犬の散歩中だった中年男性は、不思議そうに近づいた。
「……今の、なんだ……? 流れ星……?」
男が足を踏み出した瞬間。
なにか“見えないもの”がそこから――滑るように、這い出した。
男の表情が一変する。
呻き声と共に、首をがくがくと震わせながらその場に崩れ落ち、地面に転がる。
腕と脚がバタバタと痙攣し、まるで電気ショックでも受けているかのようだった。
……一分後。
その痙攣は、ぴたりと止まった。
男は静かに立ち上がる。
その顔には表情というものがなかった。
目は開かれているのに、生気のないガラス玉のよう。
そして……不自然に、同時に動く右腕と右脚。
「――――」
何も言葉を発することなく、まるで命令を与えられたかのように、異様な足取りで歩き始める。
人間の“中身”だけが入れ替わったような、そんな錯覚を周囲に残して。
その異変は、同時多発的に起きていた。
東京、ニューヨーク、ヨハネスブルグ、そして汐見市でも。
誰もがニュースの「燃え尽きた」という言葉に安心したまま。
世界のあちこちで、同じように“不可視の何か”が人々のなかに忍び込み、静かに歩き出していた。
まるで、眠っていた“何か”が、ついに目を覚ましたかのように――




