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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
8/96

シオマートへようこそ!

黄昏の街、汐見市。

 雨のように湿った夕暮れの光の下、晴臣は「シオマート・南汐見支店」のレジに並んでいた。

 手にはカゴ。中身は特売の冷凍唐揚げと安売りのカップ味噌汁。それに真琴用の煎餅。わざわざ分割タイプだ。

 

「……また煎餅代で半分持ってかれてるな……」

 

 ため息をつきながら前の客の精算を待つ。そしてレジには、制服を着た女性店員が立っていた。

 整った顔立ち。癖のない髪。大きすぎない瞳。柔らかい笑顔。

 ――その笑顔が、昨日も、一昨日も、別の店舗でも、全く同じだった。

 

「いらっしゃいませー、カードはお持ちですか?」

 

 この「シオマート」、汐見市にだけ異常な密度で点在している大規模スーパーだ。

 そして、どの店舗にも必ずこの女性が――いや、“この顔をした誰か”が、いる。

 同じ声。

 同じ接客。

 違う支店、違う時間帯、違う天気――それでも、変わらずそこに「彼女」はいた。

 

 店員はスキャンを終えると、完璧な笑顔で言った。

 

「ありがとうございましたー、またお越しくださいませー」

 

 その笑顔に一切の違和感はなかった。完璧すぎるという以外は。

 

(……まあ、安いから通っちゃうんだけど)

 

 袋詰めをして帰ろうとしたそのとき、後ろから、ぴと、と体を預けられるような感触が背中に走った。

 

「……ん?」

 

 振り返るとそこには――鮮烈な色彩の髪と、計算された整った化粧、そして、あの勝気な笑み。

 

「やっほ、ハルくん♡」

 

 ――姫野ルイ。

 晴臣の中学からの同級生でいまだに親交のある親友で、この汐見市でカフェを営んでいる。

 

「……買い物中なんだけど」

「うんうん、知ってる。後ろからずーっと見てたもん。特売の鶏唐揚げ選ぶ顔、すごく庶民的だったよ? 最高~」

 

 にじり寄ってくる姫野に、レジ奥の店員が笑顔のまま動かずに立ち尽くしていた。

 いや――見ている。わずかに瞳だけが姫野に向いていた。

 

 晴臣は無言で姫野の額を人差し指で押し返し、わずかに距離を取る。

 

「今、変な案件が片付いたばかりで疲れてる。ついでに、また真琴に見られたらまたややこしいことになるから離れてくれ」

「え~? ちょっとだけ! 一瞬だけ! その煎餅、どうせ“あれ”用でしょ? あたしにも一枚ちょうだいってば」

 

 晴臣は袋を持ち直すと、小声でぼやいた。

 

「……お前が“もきゅ”感染してたら、真琴に押しつけて帰るからな……」

「え? なにそのプレイ?それより…ちょっと連れて帰って♡」

 

 冗談めかした声とともに、姫野がぴたりと晴臣の腕にしがみつく。

 しかし、晴臣は特に驚くでも照れるでもなく、咄嗟に片手で頭をポンと撫でた。

 

「まったく……お前はいつも急すぎる。買い物帰りに連れて帰られる筋合いはないんだけど」

 

 姫野は不満げに口を尖らせるが、その目は楽しげだった。

 晴臣が抱いているのは、好意というより「長く付き合いのある親友」への安心感に近い。

 姫野が時折見せる奇妙な言動も、どこか天然で、そういう性格だと思っている。

 

 だが、そのときだった。

 

 レジカウンターにいたシオマートの女店員――先ほどまで無言で笑顔を保っていた彼女が、

 まるで“動物が危険を察知する”ように、じっと姫野の背中を見つめていた。

 声もなく、表情も変えず、ただ目と圧がじわじわと姫野を追っていた。

 

「……おーい、あんた見られてるぞ」

 

 晴臣が気づかず軽口を叩くと、姫野は振り返り、レジにいる女店員と視線を交わす。

 次の瞬間、姫野はぐっと眉を寄せ――舌を出して、あっかんべー。

 

「へっ、無機質スマイルめ、あたしの顔ばっか見てんじゃないわよ。好きなら好きって言いなさいよー?」

 

 女店員の顔はまるで張り付けられたように笑っていたが、目だけはピクリとも動かず、なおも姫野を追っていた。

 しかし、姫野が一歩下がると、それを境に何事もなかったように接客の定位置へ戻っていく。

 

「……あれ、ちょっと怖くなかった?」

 

 「何が?」と晴臣は飄々としたまま袋を持ち替えた。

 あの店員の不気味さには気づいていたはずだが、何も言わない。

 たぶん、気づいていても「気のせい」で済ませる人間らしさが、彼にはあるのだ。

 

「もう……。ねえ晴臣、あんたってさ、もうちょっと警戒心とか持とうよ。あたしが抱きついても怒らないし」

「お前が人間だからな。どこに抱きつこうと怒る理由がない」

 

 ぽん、と頭をまた撫でられて、姫野は一瞬だけ沈黙する。

 

 その目の奥に、少しだけ影のようなものが揺れた。

 

「……うん。そうね。うんうん」

 

 ひらひらと手を振って、姫野は楽しげに先を歩く。

 夕暮れのオレンジ色の歩道に、2人の影が伸びる。

 

 その背後、店のガラスに映るレジの店員は、なおも笑顔のまま、微動だにせず立ち尽くしていた。

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