産声!
訓練という名目の戦闘が終わり、肌に残る汗と土の感触が、まだ微かに戦いの余韻を伝えていた。
公園の片隅、使われていないベンチの並ぶスペースで、晴臣たち四人――美鈴、義勝、真琴、そして晴臣自身――は、自然と輪になるように腰を下ろしていた。
「……あの緑色のやつ」
最初に口を開いたのは美鈴だった。肩で息をしながらも、鋭い視線は晴臣の右拳に注がれている。
「あれ、何?」
「自分でも、正直よくは…」
晴臣は拳を開いたり閉じたりしながら、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「たぶん……いや、間違いなく、“夢の街”から戻ってきたあたり、ユメと会ってから……なんとなく、出るようになった。意識したわけじゃない」
隣で聞いていた真琴が、腕を組んだまま、何度か頷く。
「霊的な残滓でもない。生物的反応とも思えないし……」
「物理的エネルギーとも違う。あれに触れようとした瞬間、私の“核”が焼かれるような錯覚があった」
美鈴が真剣な面持ちで交わす会話に、晴臣は苦笑を浮かべる。
「お手上げ?」
「うん、お手上げ」
「お手上げだな」
二人が同時に肩をすくめる中、ふと晴臣の視線が真琴へと向いた。
静かに輪の一角に座る彼女は、何も言わずに俯いていた。が――
(……ん?)
晴臣の目が思わず吸い寄せられる。
真琴の顔が……笑っていた。
いや、それは笑みというにはあまりにも歪で――口角が、耳の近くまで吊り上がっていた。
(……は?)
ごく自然に、そして奇妙に、不安と寒気が背を走る。
けれど次の瞬間、晴臣が瞬きをすると、そこにあったはずの笑みはきれいに消えていた。
いつもの、少し影のある、けれど静かな真琴の顔。
目を伏せ、無言で話を聞く、ただの真琴。
「……いや、なんでもない」
晴臣は頭を振って立ち上がる。
見間違いだろう。疲れてるんだ。
だが――ベンチの影で、真琴の口元がわずかに揺れたことに、誰も気づいてはいなかった。
それは、心からの喜びのようにも見え、
あるいは、悪魔が魂を喰らう直前に浮かべる歪んだ歓喜のようにも見えた。
種子は確かに芽吹いた。
そしてそれを、ただ一人、心の底から歓迎していた者がいた。
――真琴の瞳の奥に揺れる、夢と現の狭間にある何かが、微かに瞬いていた。
* * *
……ふわぁ……
まだ夢のなか。ここはきっと、夢と夢のあいだにあるところ。
うん、わたしは……ユメ。
とってもちいさくて、ふわふわしていて……風の音も、星のささやきも……全部、まぶたの裏で歌ってる。
ねえ……ハルオミ。
かわいい、かわいいハルオミ。
あなたがこの世界に生まれたとき、わたし……ちゃんと見てたんだよ。
大きな声で泣いて、でも、どこかひどく静かで……とても綺麗だった。
この世界はね……
お日さまも月も、優しくないときがある。
風は冷たくて、人の言葉はときどき刃みたいに痛い。
そんな醜い世界でも――あなたが、生きていけるようにって。
だから、タネをあげたの。
ちっちゃな、ちっちゃなタネ。
胸の奥、もっと奥、心のいちばん深いところに、そっと、そーっと。
そのタネはね……すごいのよ。
目には見えないけど、あなたが笑ったとき、涙をこらえたとき、誰かを守ろうとしたとき――
すこしずつ、芽を出して、伸びて、力になる。
うん……ハルオミなら、きっと大丈夫。
ちゃんと使えるよ、このタネ。
だってあなたは……
あなたは、わたしがいちばん大好きな“夢”だから。
……がんばってね。
うまく使えるように……
ちゃんと、お水をあげて……
陽を浴びて、風に吹かれて……
きっと、綺麗な力になるから。
おやすみ、ハルオミ。
また、夢のなかで会おうね。
わたしはずっと、ここにいるよ。
夢のなかで、あなたを、見てる――……




