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汐見市生活課!  作者: ケン3
間話
77/96

訓練!

晴臣は、父についていった。

 背中で語るとはまさにこのこと。寡黙な義勝はコーヒを飲み終わったのを見届けると無言でドアを開け、靴を履き外へ出ていった。

晴臣も無言で追い、なんとなく肩を並べる。

 

 向かう先は、近くの児童公園。朝の澄んだ空気の中、鳥の声が響いている。

 

 だが——そこで目にした光景は、晴臣の予想の遥か上をいっていた。

 

「――――は?」

 

 鉄製の滑り台の前、ベンチの横で真琴が完璧な卍固めで地面に抑え込まれていた。

 技をかけているのは、凛々しくも艶やかな和装の中年女性——美鈴である。

 

「痛いってばあ!」

「んもう、最近の子はすぐ距離を詰めるんだから。ていうかあんた何?邪神?何なの? お母さんに詳しく説明しなさい」

 

 真琴の叫び声が響く中、ようやく我に返った晴臣は、公園に駆け寄ろうとした——が、その腕を義勝が制する。

 静かに首を横に振る父。彼の判断に逆らえず、晴臣は棒立ちのまま状況を見守る。

 

 卍固めを極めながらも、ふと美鈴が顔を上げて息子に気づく。

 

「……あら、晴臣。来たのね」

 

 極めたままなのは変わらず、真琴の悲鳴は続いている。

 

「……母さん、離してあげて。死ぬから」

 

「死なないわよ、軽く極めてるだけよ。あんたにも昔やったじゃない。」

 

 そう言って、美鈴は少しだけ腕を緩めた。真琴はズルズルと崩れるように地面にへたり込む。

 

「ほんと……あんた、また変なの引っかけたのね。まったく、お父さんそっくり」

 そう言って美鈴は、目を細めて呆れたように、それでいてどこか嬉しそうに言う。

 

 その言葉に隣の義勝がもじもじと頭をかく。

 あの大柄で鉄のように強い男が、どこか照れたように眉を下げているのが妙に可笑しい。

 

 晴臣は流石にまずいかと、うずくまったまま動かない真琴に歩み寄ろうとする。だが——。

 

 ピキリ、と背筋を走る殺気。

 

 反射的に体を傾けたその瞬間、視界の端を何かが掠めた。空を裂くような風音と共に、鋭い蹴りが彼の首元をかすめる。

 

「ッ!?」

 

 間一髪で避けると、そこにいたのは美鈴。

 彼女は片足を高く上げたまま、地面をえぐるほどの勢いで踵を振り抜いた直後の体勢で、静かに告げる。

 

「——鈍い」

 

 言葉の直後、美鈴は二撃目を放つ。手加減のない突き、素早い足運び。母親らしからぬ、だが武道家そのものの連撃。

 晴臣は体をひねり、腕で受け流し、間合いを取る。

 

「何してるんですか、母さん……っ!」

 

「言ったでしょう。あんた、お父さんに似て女の扱いが下手なのよ」

 

「今のは関係ないでしょ!?!」

 

 美鈴は笑うことなく、静かに構えを取る。

 晴臣も観念したように、手を挙げて自分なりの構えを作る。

 

 親子とはいえ、彼らの間には一種独特な緊張感があった。

 それもそのはず。彼らは単なる親子ではなく、「師弟」でもある。

 

 幼少期から叩き込まれた護身術。

 技の理屈よりも、生き延びるための動きを叩き込まれた記憶。

 

 美鈴は容赦なく動く。踏み込み、打突、払い。

 晴臣も受け、避け、反撃。拳が交差し、足元の砂が跳ね、ベンチが軋む。

 

 傍から見れば親子喧嘩というには異常なまでに高度な技術戦。

 

「集中力が甘い。感覚で動いてるだけじゃ、いずれ躓く」

「母さんがおかしいんですよ!」

 

 言葉を交わしながらも、互いの動きは寸分の狂いなく続いていく。

 親子だからこそ、どこまでやれるかを分かっている。

 そして——その限界を軽く超えるのが、美鈴という女だった。

 

 打突、回避、踏み込み、体捌き。

 目に映るのは一瞬だけ、見失えば次の瞬間には打ち据えられているだろう。

 

美鈴の動きは端整で無駄がなく、まるで職人のような「技術の結晶」だった。

 無音で距離を詰め、骨と関節を狙う精密な打撃。まさに経験と理論の体現者。

 

 一方で、晴臣の動きは美鈴と比べると荒々しく、だが一撃一撃が鋭く速い。

 跳ねるようなステップ、読みにくい崩し、咄嗟の判断で変化する攻撃。

 

 美鈴は確信している。

 「技」では私が上。けれど——

 

 晴臣の拳が前髪を掠める。

 美鈴は最小限のステップで避けると、晴臣の足元を狙い内股を払った。

 

「っ……!」

 

 だが晴臣は体勢を崩さず、逆に払いの軌道を踏み台にして跳び上がる。

 空中で体を捻り、美鈴の頭上に踵を落とす。

 

 ——「力と速さ、そして何より、感覚がズルい」

 

 美鈴は舌打ちすらせず、寸前で滑り込むように低く身を沈める。

 そのまま、晴臣の脇腹に肘を差し込もうとした。

 

「……ッ!」

 

 しかし、肘が当たる前に、晴臣がわずかに身体を傾ける。

 完全な見切りではない——だが察知している。

 

「やるわね、ほんと……」

 

 美鈴は小さく呟きながら、肘から背中を滑らせて後ろに回り込み、後頭部への手刀を狙う。

 晴臣はそれに気づかず……いや、気づいた上で背を晒したまま——

 

 振り向きざまに拳を突き出した。

 

「……っ!」

 

 美鈴は寸前で上体を逸らす。拳が鼻先を掠めた。

 

「えげつないな、あんた」

 

 今度は晴臣が口元を歪める。

 

「また親子で殺し合いみたいになってません?」

 

「違うわよ、これは躾。あと、感覚のチューニング」

 

 再び距離を詰める二人。

 

 スピードは晴臣、間合いと構成力は美鈴。

 どちらが優れているか——ではない。互いに「持っていないもの」を認め合っている。

 

 美鈴は思う。

 

 技の上では自分が上。でも、この子の本当の武器は「センス」だ。

 読みと反応。経験則や相手の常識を悉く無視した“当て勘”。

 だからこそ、並の相手には「組ませない」ことが重要だと分かっている。

 

 私が勝てるのは“今のうち”。

 そう思った瞬間——

 

 晴臣の動きが、明らかに変わった。

 

 体幹がしっかりと落ち着き、歩幅が変わり、拳の軌道が整い始める。

 

(あら……切り替えたのね)

 

 今までは「探り」の組手。

 だが今は——本気に近い、技を封じるための構え。

 

 美鈴の額に、久しぶりに冷たい汗が一滴落ちた。

 

 そして、次の瞬間。

 

 ——晴臣が飛んだ。

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