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汐見市生活課!  作者: ケン3
間話
75/96

迫り来る者!

 汐見市南部、空き地に隣接する雑木林が焼け焦げ、鉄と火薬の臭いが漂っていた。

 

 赤熱した拳が風を切って突き出される。それを紙一重でかわした男が、カウンターの膝蹴りを突き上げた。

 

「くッ!」

 

 ガイン!と金属を叩く音が響き、火花が散る。炎を纏ったパワードスーツが一歩下がった。

 

 対するは、シャツの袖をまくっただけの青年──海堂晴臣。

 

 「…さて、いったい誰なんですか」

 

 額に汗を滲ませながらも、彼の眼はまっすぐだった。迷いはない。立ち塞がる“何か”を倒す。それだけが、彼の行動理由だった。

 

 パワードスーツの中身は、唇を噛み締める。火花の中、あの炎の力を使わねばもう持たないと悟った。

 

 (相変わらず冗談みたいな強さね。こっちは傷つけたくなんて──)

 

 晴臣は知らない。この装甲の中に自分をよく知る“姫野ルイ”がいることを。

 

* * *

 

 戦闘のきっかけは、ほんの数十分前。

 

 買い物袋を提げた晴臣が、裏道を歩いていた時だった。

 

 「……今の、爆発音?」

 

 遠くから、地響きと共に炎が上がった。音のした方向へ足を向けると、そこには――

 

 紅蓮のパワードスーツと、ぬめるような質感を持つ水状の怪異が戦っていた。

 

 そして、奇妙なことが起きた。

 

「……助けて……人間……」

 

 水状の怪異が、晴臣のほうへ、よろめきながら逃げたのだ。

 

 「……っ」

 

 反射的に、晴臣は地面に袋を置き、拳を固めた。

 

 パワードスーツがこちらに向き直るその前に――彼の飛び蹴りが、装甲の胸板に叩き込まれていた。

 

 (助けを求める怪異を襲ってる正義の味方なんて、どこにもいませんから)

 

 彼なりの理屈だった。だが、それが誤解と悲劇の火種だった。

 

 ドンッ!

 

 火花と煙が弾け、街角の壁がへこむ。

 

 「くっ……!」

 

 装甲の脚部が舗装されたアスファルトをえぐる。赤い火の尾を引くパワードスーツが、半身を崩しながらも即座に姿勢を立て直す。

 

 その目前に、右拳を前に突き出した晴臣が、わずかに肩で息をしていた。

 

 「人を襲ったら、殴られるって知らなかったんですか……?」

 

 冗談のように言っているが、その拳はレンガの壁を貫通するだけの破壊力を秘めていた。

 

 パワードスーツの中で、姫野は舌打ちする。

 

 (こんな所で熱くなるなんて迂闊だった!)

 

 爆炎と装甲の火花をものともせず、晴臣は殴り返してくる。もともと姫野も体術には自信があったが、これの相手は人間じゃない。

それでもルイは、“あの怪異”を確実に消すため晴臣を止めなければいけなかった。

 

 だから――彼は逃げることを選ぶ。

 

 だが、それは後ろを見せるという意味ではなかった。

 

 

 

 ギン、と鋭く足場を蹴った。装甲の脚部が高密度の火力推進を吹き出し、後退しながらも角を曲がる。

 

 「だったら追いかけますけど!」

 

 晴臣が食らいつく。まるで猟犬のようなダッシュ。彼もまた角を曲がり、入り組んだ裏路地へと入った。

 

 

 汐見市の裏通りは、どこか時間の止まったような静けさがある。

 

 サビた鉄扉、ひび割れた壁、軒下に吊されたままの鉢植え。夕暮れの光がビルの谷間に射し込み、橙色の影を落とす。

 

 その静寂を、金属と肉体の激突音が裂いていく。

 

 「はあっ!!」

 

 姫野が跳び回りながら、膝に埋め込まれたブースターを点火。直進と見せかけ、急角度でビル壁を蹴り、晴臣の側面に回り込む。

 

 拳が突き出される――!

 

 「甘い!」

 

 晴臣が寸前で体を捻り、狭い路地の壁を蹴って逆に上を取る。そのまま体を回転させながら踵落とし。

 

 ガンッッ!!

 

 スーツの肩に叩きつけられたその一撃で、姫野は体勢を崩しながら地面に着地。

 

 そのまま細い通路を抜けて雑木林方向へと走る。

 

 「抜け道?ずいぶんこの辺り詳しいですね!」

 

 晴臣は息を乱すどころか、むしろ楽しげに走る。姫野は焦る。早く距離を取らなければ、正体がバレる。

 

 「ここまで来れば……!」

 

 最後の通路を抜けた先、視界が開ける。

 

 そこは、汐見市南部の雑木林。あまり整備されていない区域で、地面は苔と落ち葉に覆われている。夕暮れの木漏れ日が、焼け焦げた幹に差し込んでいた。

 

 

 ――ドスッ!

 

 先に出た姫野の前に、またしても晴臣が飛び出す。高低差を利用して斜面から飛びかかったのだ。

 

 「追い詰めましたよ!」

 

 拳と拳がぶつかる。火花、焦げた空気、巻き上がる土と木屑。

 

 こうして戦場は雑木林へと移った。

 

* * *

 

 現在――

 

 パワードスーツが右手を引き絞る。空気が焦げる。次の一撃には火炎が混ざる。

 

 「その炎、当たったらヤバいやつですかね……なら、避ける必要、ありますか?」

 

 晴臣が挑発気味に笑みを浮かべる。

 

 轟音。火柱。地面が爆ぜ、煙と瓦礫が舞い上がる。

 

 (っく、ハルくん!やめて、お願い……)

 

 パワードスーツの中の姫野は、泣きそうな顔でつぶやいた。だが、声は届かない。

 

 煙の向こうから、無傷のまま現れた晴臣が拳を構える。

 

 「正直あなたが何者でもいいです。助けを求められた以上、止めます」

 

 ――晴臣は知らない。目の前の敵が“親友”だということを。

 

 姫野ルイの心は、灼熱よりも痛みに焼かれていた。

 

 ――ドシュッ!!

 

 轟音とともに、空気が震えた。

 

 「っ!?」

 

 突然のことに反応する間もなく、姫野が、まるで蹴り飛ばされたサッカーボールのように錐揉み回転しながら宙を舞う。

 

 「かはっ――!」

 

 木々を三本なぎ倒し、藪に突っ込んでいった姫野の姿は、土煙に包まれ見えなくなる。

 

 その直前、晴臣は確かに見た。

 

 ――人影。

 

 どこから現れたのかもわからない。だが、その蹴りはパワードスーツを吹き飛ばすほどの破壊力を持っていた。

 

 その人影は、音もなく地面に着地すると、無言のまま晴臣へと向き直る。

 

 「……誰です?」

 

 晴臣の口元から笑みが消える。戦闘中、初めて見せる緊張。

 

 だが、人影は答えない。

 

 ――ズダンッ!

 

 地を蹴ったその瞬間、空間がひしゃげるような風圧が晴臣を包む。次の瞬間、眼前に拳が迫っていた。

 

 「速――!」

 

 咄嗟に腕でガード。衝撃で地面に足がめり込む。間を置かず、裏拳、膝蹴り、足払い。どれもが明確な殺意を帯びた打撃。

 

 それを晴臣はギリギリで捌く。

 

 

 

 だが、その均衡は長くは保たなかった。

 

 

 

 「――っ!? うぐああああああああああああッ!!!??」

 

 晴臣の意識の外から放たれた人影の足が、晴臣の股間に全力の金的が炸裂した。

 

 視界が白くなる。膝から崩れ落ちる。呼吸ができない。あまりの痛みに、鼓動が止まりそうになる。

 

 「う……ぐ……」

 

 晴臣が地面に倒れ込み、木の葉を掴みながらのたうつ。

 

 そんな彼を、影は見下ろした。

 

 

 

 「甘い、甘いわねぇ。あれほど戦いの最中に止まるなと言ったわよ?」

 

 

 

 その声――どこか明るく、茶化すような、けれど心底呆れたような口調。

 

 そして、その声に晴臣の思考が凍る。

 

 視界の端、地面すれすれに立つその足元。そのまま影を見上げて――

 

 

 

 「か、母さん……?」

 

 

 

 晴臣の顔は引き攣った表情に。驚愕、戦慄、絶望。あらゆる負の感情が一瞬で染み渡る。

 

 そして、そのまま目を白黒させて気絶した。

 

 

 

 

 

 雑木林の中、夕暮れの光に照らされながら、その“母”と呼ばれた人影はフードを下ろし、スカートの裾をひらりと翻し、くるりと背を向けた。

 

 

 

 「まったく何が火の精霊よ、ボヤも起こせないじゃない」

 

 

 

 呆れ声とともに、人影は姫野が消えた雑木林の奥へと溶けていった。

 

 

 

 ――汐見市にて、海堂晴臣を一撃で倒した唯一の存在。

 

 その名は、海堂美鈴かいどう みすず

 

 晴臣の母にして、姫野がイカれたお母さんと呼ぶ、“家の中では絶対に逆らえない”存在であった。

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