ポスター効果!
春の市民安全キャンペーン撮影日・市役所前広場
「……はいっ、ちょっと笑ってください晴臣さん!あ、いま、すっごくいい角度……っ!」
「いやポスター撮影って言ってたのに、なんで携帯で写メ撮ってんすか、田辺さんよ」
「い、いえこれはあくまで広報資料用の個人保存用でっ……!あっ、ちょっとこっち向いてもらえますか!? ああもう、今日もその憂いのある表情が……犯罪級にカッコいい……!」
「……犯罪防止キャンペーンなのに、犯罪者の目してるよなこの人」
ぽそりと横で呟く相模。
晴臣は警察支給のキャンペーン用タスキ(「みんなで守ろう しおみの暮らし」)をかけられ、真顔で立っていた。手には意味のない防犯パンフ。
「一旦パンフレットとタスキ取りますか!」
「建前はどうしたよ」
「ちがいますっ!!これは正義の協力ですっ!!」
「うるせぇ。よだれ拭け」
「で、出てません! 出てませんからっ!」
マミヤは慌てて自分の口元を手で押さえ、スマホを死守しつつ、何とか晴臣との距離を詰めようとぐいぐい詰め寄る。
後日・汐見市内 春の安全強化パトロール
「はぁ〜……この静かな夕暮れ……海堂さんと二人きりの見回り……最高に治安が良い……!」
「……いや防犯見回りってそういう趣旨じゃないですよね?」
「いえっ、こうして歩くだけで、犯罪抑止力になりますっ!! 海堂さんの存在がもうほぼ結界です!」
「結界……」
「ええっ!だって以前だって、路地裏に現れた腕が六本あるやつを卍固めで倒してくれたじゃないですか!」
「よく覚えてますね」
「忘れるわけないじゃないですかっ!!あの時、私の価値観変わったんですからっ!」
マミヤがキラキラした目で見上げる横、後方を歩いていた相模がぼそっと漏らす。
「……あー……もう甘すぎて……舌が溶けそう……」
「ん? なんか言いました?」
「言ってねぇ。あとパトロール中にイチャつくのやめろ。周囲から不審者扱いされるから」
「不審者……!? わ、私たちが!? ち、違いますっ、市民のためにっ……っ!」
「市民のため(個人の欲望)だろ。マミヤ、お前笑顔こえーんだよ。警察のくせに」
「警察ってそういう顔ですかっ!?」
* * *
某日・汐見市商店街 防犯ポスター前
「ふっ……あなたもなかなか良い僧帽筋ですね」
「いえいえ、そちらの広背筋も見事です……! おや……そのポスター……」
「おお……! これが噂の『ハルオミ=カイドウ』……ッ!」
商店街の一角、防犯ポスター前で上半身裸の筋肉質な人間の変態と、同じく裸マントのような姿をした人型怪異が、なぜかポージングしながら語り合っていた。
彼らの視線の先には、タスキ姿で真顔を決める晴臣のポスター。
「このスーツ越しの広がり……堂々たる前鋸筋……!」
「なのに、無駄な主張がない静けさ……まさに“魅せる筋肉”ッ!」
「……やはりこのポスターには敵わない……!」
「異論なしッ!!!」
二人は互いに握手をしてリスペクトを送り合い、再び両腕を広げてポージング。
その筋肉の躍動はもはや小さな地鳴りのように周囲の通行人を遠ざけていた。
そんな異様な光景を見た晴臣は、静かに通りを曲がりながら呟いた。
「キモ」
同日・別のポスター掲示場所
「ふふ……ふふふふ……見て、ほら……これは“私だけのハルくん”……」
掲示板の防犯ポスターを前に、姫野ルイが至福の表情でポスターの端に指をかける。
その表情は、甘美な夢を見る乙女そのもの――ただし、垂れた涎と虚ろな目を除いて。
「こんなの……公共物とか関係ないでしょ……これはもう、運命でしょ……?だって、こんな眼差しで見つめてくるんだよ……私だけを……」
「それはポスターだからだよ」
「ッッッ!?」
背後から声をかけたのは晴臣本人。
ポスターと同じ姿の彼が、まさに現実の体温を持って立っていた。
「それ勝手に持って帰ったら犯罪な」
「…………うん、知ってる」
姫野はしばらく固まり、そのまま静かにポスターを貼り戻し……そして再びそれを両腕で抱きしめた。
「でもねハルくん、ポスターは剥がせてもこの想いは剥がせないの……」
「あー、警察呼ぶわ」
「やだやだやだっ!お店潰れちゃうっ!保健所と警察だけはやめてっ!」
その日の夕方、汐見市役所生活課
課長は机に肘をつきながら、今日もげんなりとした顔で晴臣に聞いた。
「……お前、春の風物詩になってねぇか?」
「ポスターで興奮してる変態と怪異、累計7名です」
「……市の恥だな」
「あと姫野が2枚剥がして、相模さんに咎められて泣いてました」
「春だな」
「春ですね……」
ふふ、私はもちろん貰ったよ。
あたしは相模ってポリに取られたのに!ズルい!!
きちんと頼めばよかったのに、そしたらくれたよ。
あんたのは頼むんじゃなくて認識いじったんでしょ!!




