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汐見市生活課!  作者: ケン3
間話
70/96

春の陽気!

春。それは生命が芽吹き、狂気が溢れ出す季節である。

 

「……春ですね」

海堂晴臣は、薄曇りの空を見上げて、ゆっくりとため息を吐いた。

 

汐見市生活課所属──つまり怪異も人間も等しく面倒を見る立場の公務員である彼は、

今日も朝から露出狂の男(人間)と露出狂の女(怪異)に挟まれていた。

 

「ちょっと! 人の前で服を脱ぐなんて非常識だと思わないの!?」

晴臣の前で、若い女性の姿をした怪異が、堂々と叫ぶ。

 

──ちなみにこの怪異、下着しか着ていない。

 

「いや君もだよ」と返すと、彼女はにっこり笑ってこう言った。

 

「だって、私はそういう概念じゃないし?」

「いや、“そういう概念”とかじゃなくてさ……」

「でも人間と違って羞恥心というより、私は“春の風”を模している存在なので」

「はいはい、春の風ね。じゃあ今日はちょっと風が強すぎるから、帰ってくれます?」

 

説得の末、春の風さん(仮名)は「ひゅるる~」という謎の擬音を残して霧のように姿を消した。

怪異に関しては、それで大体片がつく。

 

しかし──

 

「むひょおおおおお!!警官に捕まえるならまず僕のスケッチを見てからにしてくだひゃい!!」

全身ピンクのタイツにマント、頭に“春”と書かれた鉢巻をした男が、地べたに転がって喚いていた。

 

「……君は駄目だ」

 

晴臣は男の腕をがっちりと掴み、すぐに通報。

「なんでぇぇぇえええ!? さっきの半裸の女子はいいんですかあああ!?」

「彼女は春の風だから。お前はただの変態だ」

「差別だあああああ!!」

「いや区別だよ」

 

その後もカラスに変身して通行人の肩にとまってく話しかけてくる怪異

(理由:春は高い所に登りたくなる)

口から桜の花びらを吐く男

(正体:人間/詰めてた)

「生殖の春!」と叫びながら指輪を配る女神系怪異(性別不明)

 

など、晴臣の一日は春らしく混沌としていた。

 

夕方になり書類の束を抱えて庁舎へ戻る途中。

 

晴臣はふと自分の胸に手を当てて考える。

 

「……俺も、どこかおかしいのかもしれないな」

 

この非日常を「春だからしょうがない」で受け流している自分に、少しだけ自嘲気味に笑った。

 

「……まあ、明日はもっと変なやつが来るんだろうし」

 

今日も汐見市は、のどかで異常だった。

 

* * *

 

翌朝、汐見市役所・生活課

 

晴臣は、机に山積した「昨日の春の災害」関連報告書を淡々と処理していた。

隣では課長がカップ麺にお湯を注ぎながら、のびた麺と一緒に社会の倫理観ものびていく様を憂いている。

そんな中、ドアがバンッ!と開いた。

 

「……失礼します!」

 

姿勢のいいスーツの女性警察官と、その隣で眠そうに片手を上げる男が入ってくる。

 

「ここかよ、あのクソボケ朴念仁の──」

 

グギィィ!!

「……っっっ!!?」

 

横から伸びたピンヒールのつま先が、男の足を容赦なく踏み抜いた。

 

「ふざけっ!俺、階級的には先輩だぞ!?」

「か、海堂晴臣しゃ、ん……っ、さんは……いますかっ!?///」

 

顔を赤くして妙に緊張した表情を浮かべながら、女性警察官はビシッと背筋を伸ばし、明らかに慣れていない敬語で晴臣を探す。

 

晴臣は目を細めながら、無言で手を挙げた。

 

「……俺ですけど」

「っ……!! お疲れ様です!!!」

 

その瞬間、女性警察官はまるで軍隊のような敬礼をし、パシィン!と乾いた音を立てる。

 

「お、お話、あ、ありましてっ……っ」

 

晴臣は戸惑ったように課長を見やった。

課長はカップ麺にお湯を注ぎながら呟いた。

 

「……また“春”か?」

「とりあえず、落ち着いて話しましょうか。こちらへどうぞ」

 

晴臣は慣れた調子で、生活課の小さな応接スペースへ二人を案内し、人数分のお茶を出す。

女性警察官は、湯気の立つ湯飲みを前に、妙に直立不動のまま座っていた。

 

「ど、どど、どうもありがとうございます! わ、わわ……っ、私……っ!」

 

緊張のせいか、お茶を持ち上げるタイミングすら分からず、目線はずっと晴臣に釘付け。

対照的に、隣の男性警察官はブスッと頬を膨らませていた。

 

「こいつマジで信じらんねぇ……。あれだけ昨日“晴臣さんに迷惑かける奴は死刑ぇ!”って叫んでたのに、この男の前だと一気に忠犬モードとか…どんな拷問教育受けたらこうなるんだよ」

「む、無駄口を叩くな!! そこに正座しろ! 礼節! 礼節が大事なんだッ!」

「いやそもそも俺の方が階級──」

「海堂晴臣さんの前でその口を慎め!!」

 

ピシャァンッと机を叩いて静かに睨みつける女性警察官。

その一方で、晴臣はお茶をひと口すすってから、静かに口を開いた。

 

「……で、ご用件は?」

 

その一言で、女性警察官のテンションが一気に爆発した。

 

「は、はいっ! 実はっ……っ!」

 

彼女は身を乗り出すように前のめりで語り始める。

 

「わたしたち汐見市警察は、自分で言うのもなんですが、市民の皆さまから高い信頼を得ております……!で、でもその信頼が高いのは警察自身の努力もありますが、それ以上に、生活課……いえ……」

 

彼女の目が、キラッと光る。

 

「晴臣さんのおかげなのです!!」

 

ズバァンと音がするほどの勢いで机に両手をついて、彼女は力強く言い切った。

お茶が微かに揺れた。

 

「……いつも、無茶な事案も笑顔で対応していただき、市民からも“市役所の若いのがなんかすごい”と評判で……っ! 昨日の通報でもその対応の完璧さに……っ!」

 

そこまで言って、ハッと自分の身の乗り出し方に気づき、真っ赤になる。

 

「……す、すみません、ちょっと、つい、気合いが……その……っ、し、失礼しましたっ!」

 

もじもじと座り直す彼女を、男の警官が軽く肘でつつきながらぼやいた。

 

「お前、ほとんど恋愛ドラマの告白テンプレじゃねぇか……」

「な、何を言うかッ! これは純粋な職務の延長であり、尊敬であり、勧誘であり!」

「……勧誘?」

 

晴臣がその一言を拾うと、彼女は再びビシッと背筋を伸ばして言った。

 

「はいっ! 実は、汐見市警察が主催する“春の市民安全キャンペーン”に、ぜひ晴臣さんに出ていただきたく!もしよろしければ、防犯PRポスターへの登場や、地域巡回への同伴など…!」

 

そう言いながら、またほんのり頬を染める彼女。

 

「……ただ、あの、強制ではなく、もし……よろしければ……っ!」

 

晴臣は少しだけ眉を上げ、ため息混じりに言った。

 

「……なるほど」

 

「あ、名刺をお渡ししていませんでした」

 

慌てて鞄をごそごそと探り出し、マミヤがスッと名刺を差し出した。

 

「田辺マミヤ、警部補です。こちら、私の上司でして──」

「……相模です。相模カズヤ。警部」

 

ぶっきらぼうに一言添えて、相模も自分の名前を告げる。晴臣は名刺を受け取り、ちらと田辺の方を見た。

 

「田辺……?」

「……!」

 

その瞬間、マミヤの顔がぱあっと明るくなる。

目を見開いたまま、思わず身を乗り出していた。

 

「覚えてくださってるんですか!? 海堂さん!」

 

勢いそのままに、椅子を乗り越えそうなほど晴臣に詰め寄るマミヤ。

慌てて相模が肩を引っ張って戻すが、彼女の笑顔は止まらない。

 

「わ、私、当時はただの巡査でしたけど……! でもっ、あの日、あの夜、あの路地裏で、

“ワァアアア!”って火を吹く何かから私を救ってくれた海堂さんのこと……、忘れたことありません!」

「ああ、やっぱり」

「やっぱり覚えててくださってるんですね!? うれしい……っ!」

「ていうか、あれ車サイズのトカゲみたいだったような…なんだったんだっけ」

「そっち!?!?」

 

マミヤが赤面しながら手をバタバタさせる横で、相模がため息をついた。

 

「……で、そんとき命を救われたのがきっかけで、この人、めっちゃ出世コースだったのに自分から警部補に降りたんだよな」

「相模警部! 内情を語るのはやめてくださいっ!」

「いやいや、普通ありえねぇって。実力だけで警視まで行ったのに、“やっぱり私は現場で人助けをしたいんです!”とか言い出して……部内でも一時話題だったからな。あの鬼の田辺マミヤが!?って」

「べ、別に、話題になりたかったとかじゃなくて……っ、ただ……!」

 

マミヤは手をぎゅっと握りしめ、まっすぐ晴臣を見つめた。

 

「ただ、あの時の海堂さんみたいな人になりたいって思っただけです」

「……」

「だから、もしキャンペーンでも何でも、ほんの少しでも同じ舞台に立てるなら……それだけで本望で……っ!」

 

押し殺したような声で言い切るマミヤ。

そこに流れる一瞬の静寂──

 

「……人の人生変えすぎじゃね?」

 

課長のつぶやきに、晴臣は頭をかきながら苦笑いした。

 

「あの時、鯖折りしただけなんですけどね」

「ねぇそれどっちの?鯖?相撲?どっちにしても怖いわ」

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