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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
7/96

感染処理!

河川敷での“もきゅ騒動”を収束させたのち、晴臣と真琴は生活課へ戻っていた。

 

 夕暮れの庁舎。生活課のフロアでは、書類を抱えた職員たちが何やら慌ただしく動き回っている。

 その中心にいるのは晴臣。対応に追われ、あちこちの机を回っている。

 

「“もきゅ”じゃない、“問題”……! ちがっ、報告書の“概要”の“が”が“も”になってる!」

 

 晴臣は書類をめくりながら、うんざりした顔で言った。

 

 周囲では複数の職員が、眉をひそめたり、言葉に詰まったりしている。

 

「海堂さん、これ“ツクモガミ”って読むんですか? “ぬるぬるした記号のかたまり”にしか見えないんですが……」

「それ、俺もさっきから読もうとしてるんだけど、読めない。“目がすべる”感じで……」

 

 言語が、ゆっくりとズレ始めている。

 もはや「ツクモガミ」や「もきゅ」といった単語は、九十九神と対面した経験者以外には知覚できなくなっていた。

 

 そんな中――

 

「……くくっ、あはっ……くく……」

 ひときわ不気味な笑い声が、部屋の隅から聞こえてくる。

 

 晴臣がそちらを振り返ると、応接スペースのソファで真琴が脚を組んで座っていた。

 晴臣や生活課の混乱に真琴は満足そうにニヤニヤと笑う。

 職員たちが右往左往しているのを眺めながら、まるで観察者のような視線を向ける彼女。

 

「ふふふ……人の“言葉”って、こんなにも壊れやすいんだねぇ。ちょっとしたノイズで、ぐちゃぐちゃになって……それでも、通じてる“つもり”で会話を続けるんだ。あははっ、もうたまらないよねぇ」

「お前、ちょっとは手伝え」

 

 晴臣がプリンタ用紙を抱えながらボヤくが、真琴はクッションに肘をつき、退屈そうにあくびするだけだった。

 

「わたし?この状況、結構気に入ってるの。人間って本当に面白いね。言葉が通じてるようで、通じてない。大事な言葉ほど、通じなくなる……その瞬間の顔、みんな似てるんだよ。あははっ」

 

「……」

 

 晴臣は無言のまま書類の束を床に置き、静かにひとつため息をついた。

 

 慌ただしい生活課の真ん中で、課長が頭を抱えて机に突っ伏していた。

 

「……はぁ……なんでこうなる……」

 

 机の向こうに目をやれば、応接スペースで優雅に晴臣に隠れて煎餅を丸呑みする女の姿。

 ――虹川真琴。

 

 彼女は相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべては、ひとつ、またひとつと煎餅を喉に消していた。

 全てを「無害な観察対象」として扱っているかのような、冷淡な目。

 

「……」

 課長はその姿を見て、ぐわっと髪をかきむしった。

 そして、晴臣をぎょろりと睨みつける。

 

「……おい、海堂……」

 

 晴臣は書類をまとめながら、チラリと課長の視線を感じて顔を上げる。

 

「はい?」

「外勤、って言ったよな……“持ち帰り”は禁止だろうが」

「いや、あの、勝手についてきたんですよ」

「いつも!」

 

 バン、と机を叩く課長。まるでそれだけで全職員の頭痛を代弁しているかのようだ。

 

 その背後ではまたしても「もきゅ」と誤変換されたメールがプリンターから出力され、誰かの悲鳴が上がっていた。

 

「……ったくよ、俺がこの仕事やめるとしたら、お前と“そのバケモン”のせいだからな……」

 

 課長はそう吐き捨てると、しゃがんで胸ポケットからウイスキーの小瓶を取り出し、机の下でちびりとやった。

 

 真琴はその様子を眺めながら、煎餅の最後の一枚を喉に押し込み、口元を拭いながら満足げに笑った。

 

「……本当に、人間って面白い」

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